エピローグ



「思ったより時間かかったね」

影野の部屋のベッドに腰かけてマックスが言う。

「初めてだからこれぐらいじゃない?」

マックスに飲み物を渡しながら影野は微かに首を傾げた。


八時半ぐらいに染岡の出産は無事終わった。
予想よりも早い時間の安産に、染岡だけを鬼道邸に残して、他の者は泊まらず解散となったのだ。
二人はその帰る足で親の帰りが遅い影野の家に来ていた。


「えー、ザンのときってそんな時間かかったっけ?」

タンスから出て真っ先に自分の周りに飛んできたチビ影野の頭をマックスは慣れた調子で撫でながら訊ねた。

「そうだよ。大変だったんだから」

影野の方はというと、次々とチビ影野をタンスから出しながら答えている。


親が帰ってくる前に戻れて良かった。
影野は安堵で胸を撫で下ろす。
普段どおり親に見つからないようにタンスに皆を隠してはいたが、あのまま急な泊まりになるとチビキャラ達の食事の準備さえできないところだった。
ふわふわと自分に纏わりついてくるチビキャラ達三人に影野はふふっと微笑みかける。
それはそのまま思い出し笑いに変わる。


「今日散々鬼道をからかってたけど、マックスだってザンのときは血を見て倒れそうになってたよね」

「あ、あの時は予想外の事が起きたから吃驚したの!」

マックスは影野の言葉にむきになって言い返した。
マックスならずとも、誰だって男子中学生がお腹が痛いって言ったら何かの病気を疑う。
まさか陣痛とは夢にも思わない。


あの時授業中に影野から『来て』とだけ書かれたメールが届いて、休み時間にマックスが影野のクラスに行くと机に伏した影野がいた。
一人では声も出せない程の痛みに襲われているのに、クラスの連中はそんな影野に誰一人として気づいていない。
マックスは激しく憤りながら影野を教室から連れ出した。
運んだトイレから中々出てこない影野を外で病院に行ったほうがいいんじゃないかとヤキモキしていると、
やっと出てきた影野は血まみれの小さい生き物と一緒だったのだ。
吃驚しないはずがない。

それからすぐまたしっぽが生えて、なんとなく原因が分かって、瞬く間に四人も生まれた。
四人が生まれた時点で、不動のことで連絡が入りしっぽのことが公になると、バレるのを恐れてそれ以来しっぽが生えないように二人は注意してきた。


「今日さ、ほっとけなくて色々口出しちゃったけどバレなかったかな?」

「大丈夫だって。皆、混乱してたから気づかないって。
それに仁がああでも言わないともっと大惨事になってたんじゃない?」

心配そうに自分の行動を振り返る影野に、マックスが笑いながらお気楽に言う。
確かに現場は混乱を極めていた。
いつもは真っ先に大人以上に的確な指示を出す鬼道もへたれて役に立ってはいなかったし、豪炎寺はさっさと帰ってしまった。
まあ、居たとしても豪炎寺が多弁に皆をリードして指示を出すとは思えない。
影野は仕方ないかと現場の惨状を思い出して長い息を吐き出した。


「それよりさ、ボクもう一人ぐらい欲しいなあって思っちゃったんだけど」

溜息を吐いた影野の腰に、そんな事よりもと、マックスがするりと巻きつく。
ぐいっと立ったままだった影野をベッドに引き寄せると、腰まで伸びた影野の髪を撫で上げた。
露わになった首筋に顔を寄せるマックスを、影野はついっとかわす。


「やだよ。今だと絶対バレるに決まってる。
欲しいなら自分で産めば」

影野は冷たく言い放つとベッドから立ち上がってしまう。
マックスの手の届く範囲には翻った髪の先ぐらいしかない。
くるりと身をかわされてしまったマックスは「おっと」とベッドに手をついた。


「あれ、もしかして怒ってる?」

つれなく避けられてしまったマックスが影野を見上げる。
こんな風に影野が自分を避ける事など滅多にない事だ。


「別に怒ってないけど…。
でも…」

言いよどむ影野に、マックスは媚びるように後ろから抱きついた。

「でも、何?」

促すように髪の上から首にキスすると、影野は弾かれたように話始めた。


「ン…ッ!
…今日ね、染岡の出産直後に電話きたじゃない?
隣にいたから聞こえたんだけど、吹雪が泣きながらありがとうって何回も言ってて、ね。
なんかいいなーって思ったから。
マックスなんてありがとうも言ったことないじゃないか」

自分の肩のところにいるマックスから逃げるように影野は顔を背けた。

「じゃあ次は必ず言うね。約束する」

追いかけるようにマックスが、耳にキスしながら囁く。

「だから、次は無いってば!」

そんな調子のいいマックスを影野は押しやり腕の中からすり抜ける。
その口調は影野にしては棘のあるものだ。


「もう!なんでもう一人欲しいなんて急に言い出すんだよ。
バレたくないから、もう産まないって約束したじゃないか」

しつこいマックスについには本当に怒り出してしまう。


「今日見てたら皆結構受け入れてたし。
バレても平気かな〜って思ったから。
それにさ、ゾンみたいに仁そっくりな可愛げのある子が生まれると思ってなかったんだもん。
ゾンみたいな子、もう一人産んでよ」

ね、とお願いするマックスに、影野は思わずチビキャラ達の方を見つめた。
四人のチビキャラ達は、各々好きな格好をした三人のチビキャラ、ザン、ズン、ゼンが外見を全く弄っていないゾンの髪を三人がかりで弄くりたおしていた。
マックスも、マックスに性格そっくりの三人のチビキャラ達も末っ子の大人しいゾンが大好きでいっつも構っているのだ。


「四分の一の確率で仁の性格になるなんて、なんだか優性の法則みたいだよね」

三人に髪を何束もの三つ編みにされて困っているゾンをマックスがひょいっと助けあげる。
外見だけはそっくりの四粒のエンドウマメは、一粒だけ自分ではなく恋人の性格を受け継いでいた。
マックスはそんな末っ子を、まるで男兄弟の末に産まれた待望の女の子みたいに思っている。
まさに「うちのお姫さま」だ。


「それって俺が劣性みたいでなんか嫌だ」

未だヘソを曲げたままの影野がぷいっと顔を背ける。
長い前髪の間からは薄い唇を尖らせているのが見える。
マックスはそれを目ざとく見つけて、きゅきゅんっとテンションを上げた。
唯々諾々といつでも従順な恋人が可愛らしく拗ねてる姿に、何かキタらしい。


「たぶん仁の遺伝子がボクの遺伝子に譲ってくれてるんだよ。
…だって仁はボクに弱いもんね」

そう言うとマックスは、今度はやや強引に影野をベッドに引っ張り倒す。
倒れこんで深いキスを交わせば、渋々ながらも影野の手がマックスの背中に回る。


「……もう。ちゃんと着けないとしないからね」

「チェッ。分かったよ、ちゃんと着けます」

最終的な家族計画の確認を交わすと、マックスは傍に飛んでいたゾンに笑いかける。


「これからパパとママは大人の時間になるから、子供は向こうで仲良く遊んでてね」

「……マックスの馬鹿」


 END
 

prev next



「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -