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「…立ってないで座れよ」
いつまでも入り口で立ったままの吹雪に、先に痺れを切らした染岡が声をかけた。
「…うん」
吹雪が気まずそうに一歩、風丸の部屋に足を踏み入れる。
そして染岡が腰掛けているベッドの端に申し訳程度にちょこんと腰掛けた。
「…なあ、お前なんであんなに子供に執着するんだ?」
回りくどい言い方なんて染岡には出来ない。
自分から随分と距離をとって座った吹雪になんと言葉をかけていいか少し悩んだ後、染岡は結局今一番訊きたかった事を口にした。
「……」
染岡の質問に吹雪は顔を上げたものの、答えないままもう一度顔を俯かせた。
「俺とシたいとかってだけじゃないんだろ?」
染岡はそんな吹雪に重ねて静かに訊ねた。
「……僕ね」
元来短気な染岡が辛抱強く自分の言葉を待ってくれる様子に、吹雪は漸く口を開く。
「僕、おじいちゃんとおばあちゃんと一緒に暮らしてるんだ」
俯いたまま静かな語り口で話出されたのは、吹雪の家庭の事情。
「…ああ」
その語り口に、染岡は吹雪が家族を雪崩で亡くしているのを思い出す。
「最近ね、あんなに働き者だったおばあちゃんがよく昼寝するようになったんだ。
それに、病院は軟弱者の行くところだって言ってたおじいちゃんは毎食二錠も薬飲むようになった」
吹雪は話しながら家族を思い出したのか、固いままだった顔に少し笑みを浮かべた。
「それでね、事ある毎に言うんだ。
…僕のお嫁さんを見るまで死ねないって」
「……」
「それで気づいたんだ。
僕はそう遠くない未来、また家族を失うんだって」
「……吹雪」
「そして、このまま染岡クンを好きでいる限り家族が増えることは無いってことも」
淡々とした口調を懸命に崩すまいとしていたのに、そう口にした時、吹雪の語尾は隠し様がなく揺れていた。
吹雪はそれを恥じるように顔を隠した。
「……僕はまた一人になって、それからずっと一人なんだって」
静かな部屋に吹雪の悲鳴のような小さな叫びが響く。
それは染岡から言葉を奪うには充分だった。
こだまのように吹雪の言葉が二人の間をリフレインしている。
暫くしてぐすっと大きく鼻を啜った吹雪は、そのこだまがそれ以上広がるのを防ぐように顔を上げた。
染岡に向けたその顔は、頬が微かに濡れているものの同情を嫌う潔さがあった。
「北海道にいるときはね。
結婚できる歳になる頃には染岡クンの事忘れて、他の女の子の事好きになれるって思ってた。
でもこっちに来て染岡クンとずっと一緒にいるとね、どんどん好きになっちゃって。
しかも拒絶しないでくれたでしょ?
そしたら染岡クンが傍にいてくれたらそれでいいって思えちゃうんだ。
本当はね、家族の事は諦めようって思ってた」
一息にそう言うと、吹雪は涙に濡れた顔に笑みを浮かべてみせた。
「でも、染岡クンが子供を産めるかもって聞いて、どっちも諦めなくていいんだって思ったら舞い上がっちゃって。
だって、結婚とか出来ないし子供も普通とちょっと違うけど、それでも僕と血の繋がった家族ができるってことでしょ?
しかも、大好きな染岡クンとの。
染岡クンがどんなに嫌でも、それを諦めるなんて僕には出来ないよ」
染岡に向かって吹雪はそうキッパリと言い切った。
出産が怖いと逃げた自分と、憐憫を嫌がり何も言わなかった吹雪。
染岡はしばらく何も言わず吹雪を見つめた後、ガリガリと頭を掻きはじめた。
「あ〜、ったく。
そういう事は先に言えってんだ」
染岡はそう不機嫌そうに呟くと、なんでもないような顔で吹雪に訊ねた。
「で?どうするんだ?」
「どうって?」
染岡の言葉は少なすぎて吹雪に伝わらない。
「だからぁ〜。
……するんだろ、子作り」
染岡は焦れたようにバリバリと頭をもう一度掻くと、顔を赤く染め口をへの字にして怒ったように付け足した。
「染岡クン…!」
吹雪は染岡の言葉に感極まったように口ごもると、急に抱きつく。
吹雪の急な抱きつきに堪えきれず、二人してベッドへ倒れ込む。
「大好き、染岡クン!!」
吹雪は体勢が崩れたことなどお構いなしに頬や首筋にチュッチュッとキスをしてくる。
ジャージのジッパーが下げられ、露わになった胸元にキスされた時、染岡は慌てて止めた。
「おいっ、ここでする気か?!」
風丸の部屋だぞと上にのしかかる吹雪を染岡は押し返す。
「使っていいって言ってたよ?」
でも吹雪はしれっとそう言うと、意に介さず行為を続ける。
「そういう意味じゃねぇだろ!!」
染岡は再度、吹雪を力いっぱい押し返した。
友人の部屋で明るいうちから無断でそういう行為に及ぶなんて事は流石に染岡には出来ない。
「でも染岡クンの気が変わらないうちにしたいぃ」
押し返された吹雪はベッドの上に座り込み眉を下げた。
甘えた声で上目使いで自分を見上げてくる吹雪に、染岡は顔を赤くする。
「う…っ。
じゃ、じゃあ、とりあえず俺の部屋戻んぞ」
「うん!」
着乱れたジャージを直しながら立ち上がる染岡に、吹雪は勢い良く返事すると立っている染岡に嬉しそうに飛びついた。
「今からするって決まった訳じゃねぇぞ、おい」
今度はよろける事無く、しっかりと受け止めた染岡は、背中の吹雪の頭を小突く。
「うん!」
「…ばーか」
何を言っても嬉しそうな吹雪に染岡の口も緩む。
吹雪を背負ったまま自分の部屋へと駆け足で向かった。
子作り宣言五日目。
晴れて子作りスタート!
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