7
次の日の朝。
染岡のベッドで目覚めた吹雪は隣で寝る染岡の裸の胸に顔を寄せた。
――ついに染岡クンと最後までシちゃった。
思い出すとつい「ふふふっ」と笑みがこぼれてしまう。
だって、何回も肌を触れ合わせていても、性処理の名目上、一つになることなんて無かった。
この前ちゃんと染岡が想いを口にしてくれた事で、昨夜初めて二人は恋人として触れ合った。
――ちょっと痛かったけど、それ以上に嬉しいよお。
そこまで考えて吹雪はハッとする。
「なんで僕がヤラれてるんだ!!」
昨日駆けずり廻った疲れと、溜まった性欲をすっきりさせた心地よさで未だ惰眠を貪る染岡を吹雪はたたき起こした。
「染岡クン!!」
「んあ……?
あー…、…おはよ」
染岡は目を擦り開けた瞬間に飛び込んできた裸の吹雪から慌てて目を逸らした。
「照れてる場合じゃないよ!!
なんで僕がヤラれる方になってるんだよ!?」
ムードもへったくれも無く吹雪が詰め寄る。
「……知らねぇ。
でも、いいんじゃねぇか、それで」
だが詰め寄られた染岡は口をへの字にすると、ひっぺがされた布団をもう一度引き寄せた。
誤魔化しの言葉も頭に血が上っている吹雪には通用しない。
随分とご無沙汰だったのは吹雪も一緒で、最中の快楽に流されて、気づいたら自然とそういう役割になっていた。
そもそもブルマー姿という女装をした時点で女役になりそうだと気づくべきだった。
完全な吹雪の作戦ミスである。
「良くないよ!!
いくら僕にしたって子供はできないんだよ!?」
「…俺だって出来るかもってだけで決まったわけじゃねぇだろ」
「じゃあ、できるって証明できたらしてくれる!?」
「なんでそうなるんだよ!?」
売り言葉に買い言葉。
喧嘩の常で、案の定話が変な方向に向かい始めた。
吹雪よりも大分冷静さを保っていた染岡は吹雪の言葉を諌めようとした。
まあ火に油を注いだだけだったが。
吹雪はやおら立ち上がると、染岡を上から睨み付けた。
「今から風丸クンで試してくる!!
風丸クンに子供ができたら染岡クンにもできるってことでしょ!?」
その言葉で染岡の周囲の空気が凍る。
「…てめぇ、今なんて言った!?」
今までとは違い、明らかに声が怒りで染まっている。
「染岡クンがしてくれないのが悪いんだろ!?
どうしてしてくれないの!?
入れるのは良くても入れられるのは嫌なんだ!!」
だが、怒りに染まっているのは染岡だけではない。
染岡以上に怒り心頭の吹雪は、怒りに任せて身も蓋も無い指摘をした。
「そーだよ!!悪りぃかよ!?
子供産むの怖ぇえよ!!
大変なんだよ、子供産むって事はよぉ!!」
図星を指されて、染岡は開き直った。
激高してそう吐き捨てた後、ぐうっと辛そうに言葉を切った。
「……だから嘘でも言うな、風丸で試すとか。
試してヤッて本当に子供できたらお前どうすんだよ!?
産むのは風丸なんだぞ!?
お前あいつと一緒に子育てすんのかよ!?」
「染岡クン……」
あまりに辛そうな染岡の様子に吹雪を言葉が続かない。
本音をぶつけられて吹雪の怒りも萎んでいく。
「…悪りぃけど、諦めてくれ」
染岡はそう言うと話は終わりだと言わんばかりにジャージに着替え始めた。
そのまま部屋を出て行こうとする染岡の背中に吹雪が声をかける。
「…悪いけど、僕諦めないから」
午前の練習中、二人は話すどころか目も合わせなかった。
ピリピリとした二人の雰囲気に、空気に敏感な人物はすぐ二人が喧嘩した事に気づいた。
風丸もその一人で、子作り騒動の発端を作ったという負い目から練習が終わった途端に吹雪に声をかけた。
染岡を追い詰めるのは止めてくれと頼むつもりで。
でも、吹雪から話を聞くうちに風丸の心は微妙に変化した。
それどころか話を聞き終わった時には、不器用な二人の橋渡しをしてやる決心までしていた。
「染岡」
昼食が済み食器を片付けようとしている染岡に風丸が声をかける。
「このあと俺の部屋で少し話さないか?」
断る理由の無い染岡はそのまま風丸の部屋に付いていく。
「なあ、吹雪から話は全部聞いたよ」
部屋に着き、椅子に座るなり風丸はそう切り出した。
「あいつのこと許してやれよ」
落ち着いた口調で風丸は染岡に説いた。
だが、そんな落ち着いた風丸に染岡は信じられないと噛み付いた。
「お前、本当に全部聞いたのかよ!?」
さっきの吹雪は、自分だけじゃなく風丸を侮辱するようなことさえ言ったのだ。
それを風丸が全て聞いたとは到底思えない。
だが風丸は落ち着いたままだ。
「ああ、俺と試しにヤるって言ったんだろ?」
「だったらなんで!?」
染岡にはそんなことを言われて怒りもしない風丸が理解できない。
「お前より沢山吹雪の気持ちを知ってるからだよ」
そう言うと染岡の肩を拳でコツンと叩いた。
「お前、なんであんなに吹雪が子供欲しがってるか想像したことあるか?」
そういえばヤるヤらないの攻防ばっかりで、なんで子供が欲しいのか聞いたこともなかった。
黙り込んでしまった染岡の肩に手を置き、風丸が立ち上がる。
「まあ、ちゃんと理由を言わないコイツも悪いけどな」
その言葉にはっとして入り口を見るといつの間にかそこには吹雪が来ていた。
「俺の部屋使っていいから二人でしっかり話しあえ」
最初からそういう算段だったのだろう。
二人を残して、風丸はそのまま部屋を出ていってしまう。
ドアが閉まるパタンという音がやけに静かに響いた。
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