サクランボ色の恋情 | ナノ
一度は訪れた危機だったけれど、それを乗り越えてみれば僕と名前さんの距離はもっと縮まった気がする。
今日だって、なんと名前さんから遊ぼうと誘ってくれたのだ。しかもなんと!彼女の家へ行くことになったのである。
緊張もするものの、否が応にも嬉しさの方が勝ってしまうのは仕方のないことだった。


「ゆっくりしてね」
「わあ、此処が名前さんの部屋ですか…」
「恥ずかしいからあんまり見ないでね」
「そんな事無いですよ。女の子らしくて可愛らしい部屋だと僕は思う」

名前さんの部屋は白を基調とした清楚な印象を受ける部屋だった。ベッドサイドに置かれたぬいぐるみ、花柄のカーテン、淡い色のチェスト、所々に彼女の女の子らしさが垣間見えている。異性の部屋へ入るのは正真正銘初めてな僕には、全てが新鮮に映った。

「花京院君は優しいね。女友達を上げたときは子供っぽ過ぎるって言われたの」
「そうかな?僕はこのくらいが調度良いと思いますけど」
「ありがと」

名前さんは恥ずかしそうに頬を朱に染めてはにかんだ。


***


それからは何をするでもなく二人で色々な事を話した。学校のこと、友達のこと、親のこと。何が好きで、何が嫌いか。将来の夢や、最近見た本で興味深かったもの、悪夢のはなし。少しずつ、少しずつ、名前さんの事が分かってくる。それが彼女にまた一歩近付けた気がして嬉しかった。


「…あのね、花京院君。こんな事聞くのはどうかと思うんだけど…」

先程の雑談から一変して、居住まいを正して真剣な表情の名前さん。僕も釣られて姿勢を正した。

「はい、何ですか?」
「その、ね。花京院君って、好きな人とか居る…?」
「え、」

これは、もしかして、神様が与えた最後のチャンスだろうか。ここで告白しろ、とそういう事なのだろうか。…ならば、お望み通りやってやる。

「…居ますよ」
「あ、ああ、やっぱり…そうだよね」
「此所に」

…ドサリ、柔らかいカーペットの上に名前さんの体を押し倒した。
名前さんは上手く状況が飲み込めていないらしく、目を白黒させて僕を見ている。

「か、花京院君…?一体なんのつもり…?」
「これでもまだ分からない?」
「わ、分からないよ…」
「僕の好きな相手は――、」

そこまで言って顔を近付ける。あと少しでお互いの鼻先がぶつかる、という距離に達した刹那――
「やめて!」
名前さんの悲痛な声。

そこでやっと自分が何をしでかしたのか理解した。
しかしそれは、名前さんの怯えた双眸を見てからでは遅すぎた。

「…!す、すみません……」
「どうしてこんな事…」
「それは…」

名前さんが好きだから、と言ってしまいたかった。けれど、この状況下でそれを言えるほどの度胸も持ち合わせていなければ、強引さだって備わっていなかった。今の僕に出来ることと言えば、精々謝ることくらい。彼女の心には響かない、つまらない謝罪のみだった。

「貴女を悲しませる気なんて無かったんです。それだけは信じてください」
「………」
「本当にすみません。……もう、帰った方が良さそうですね。それじゃあ…」

僕は何度過ちを繰り返せば学習するのだろう。名前さんを傷付けたくない一心なのに、逆にどんどん傷を増やしてしまっている。…最低な男だな、僕は。

踏み出す一歩一歩が鉛を付けられたみたいに重かった。




一難去ってまた一難。次が最終話です。 / 140403
- ナノ -