サクランボ色の恋情 | ナノ
「オメーは馬鹿なのか?花京院」
「もうやめてくれないか…」
「いいや、何度でも言ってやる。お前は馬鹿なのか?」

…ああ、そうさ。承太郎、僕は君の言う通り大馬鹿野郎だよ!
好きな女の子に酷い仕打ちをした馬鹿だ!そんな事、僕が一番よく分かっているさ!

「はあ…僕はなんて最低なんだ…」
「うだうだ言ってる暇が有るなら謝って来やがれ。手遅れになっても知らねぇぜ」
「分かってる…それは重々分かってるんだけどさぁ…」

その勇気が出ないから困ってるんだよ此方は。
今日だって幾度となく名前さんに話し掛けようと努力した。けれど、彼女も僕を避けているようで中々話を切り出すタイミングが無かったのだ。
勿論悪足掻きもした。教科書を忘れた振りをして名前さんに見せて貰えば話を切り出す切っ掛けに出来るかもと考えたが、そんな事はなく。お互いに黙ったままでその授業は終わってしまった。

「チッ、うっとおしい。テメー、それでも男か?」
「女に見えなければ」
「なら男らしくきちっと謝って来い」

「さっさと行け!」承太郎に背中を押された。二重の意味で。

…うん、有難う承太郎。持つべきものはやっぱり友だね。なんて、この年まで友達が居なかった僕が言うのも少し変かな。

よし、放課後にちゃんと名前さんに謝ろう。それで、仲直りをして前の関係に戻るんだ。


***


こういう時の時間はあっという間に過ぎるもので、早くも放課後になってしまった。体感時間で言うと、一時間も立っていない気がする。実際は数時間を経ての放課後なのだが。

帰り支度をいそいそとし始めた名前さんを勇気を出して引き止める。「…名前さん、」声が震えていないと良いけど。ああ、僕カッコ悪いなあ。

「少し、少しだけ待ってほしいんです」
「…ごめん、今日は急いでるから」

やはり僕を避けている。だが、その事実にショックを受けている暇はない。
立ち去ろうとした名前さんの腕を咄嗟に掴む。今度は宙を切ることは無かった。

「少しで良いんだ。僕の話を聞いてほしい」
「…分かった」

僕の真剣な眼差しを受け止め、名前さんは観念したように頷いた。

「昨日の事なんですが…」

名前さんは俯いていて、此方からはどんな顔をしているのか分からない。それが僕の不安を更に煽る。
けれど、言わなくてはならない。僕は唇を湿らせてから口を開いた。

「すみませんでした」
「…どうして謝るの。あれは私が悪いのに」
「違うんです。名前さんは悪くない。あの時は、嫌だとかそんなつもりで振り払ったんじゃあないんです。…その…恥ずかしくて。僕、この年まで女の子とまともに話した事が無かったものだから…どうすれば良いのか分からなくて…」
「………」
「最低、ですよね。どうすればいいのか分からないからって手を振り払うなんて…」

名前さんが顔を上げた。
大きな双眸からは涙が零れ落ちそうになっている。

「えっ」
「…良かった…私、花京院君に嫌われちゃったのかと思ったから…」
「そんな、僕が名前さんを嫌うだなんて、有り得ませんよ、そんな事」

名前さんは制服の裾で目をゴシゴシと擦って涙を拭った。

「…ほんとうに?」
「ええ、勿論」
「じゃあ、仲直りしよ!」

名前さんが小さな手を僕に差し出してくる。握手で仲直り、ということだろう。
無論、仲直り目的で彼女を引き止めたのだから此方から断る道理もない。僕は名前さんのその小さな掌を握り締めた。柔らかい、暖かい、女の子らしい手だ(女の子の手がどういうものか分からないけれど、きっと名前さんの手がそうなのだろうと思ったのだ)。

「…私ね、花京院君に嫌われちゃったら生きていけないところだった」

ふにゃりと気の抜けた笑顔で放たれた今の台詞は、抜群の破壊力を持っていた。

えっ、なっ、これって、少しは期待しても良いのだろうか!?
僕の間の抜けた顔を見て、名前さんも漸く自分の発言の大きさに気付いたらしく、瞬時に顔を赤らめて「じゃ、じゃあまた明日ね!」とそそくさと帰っていった。
残された僕の顔は、きっと彼女のそれよりも赤い筈だ。最悪の日から一転、今日は僕にとって最高の日となった。




仲直りして更に仲が深まる / 140214
- ナノ -