サクランボ色の恋情 | ナノ
中間試験も無事に終わり、今度は期末試験が迫っていた。
あれから、僕たちの距離は少しずつだけど縮まったような気がする。尤も、そう思っているのは僕だけかもしれないけれど。でも少なくとも名前さんを遊びに誘う程度には仲良くなれた。

今日は、昨日承太郎にアドバイスされた『いっそてめぇの家へ呼んだらどうだ』を実行しようと思う。僕の家へ呼ぶって言ったって、何もやましい気持ちがある訳ではない。ただ、ゆっくりと腰を落ち着けて名前さんと話したいだけなのだ。…そりゃあ、僕も男なのだし何かあったら嬉しいなとはほんのちょっぴり思うけれど。だけれども、僕らの関係は未だ友達止まりなのだし、そこまで性急に事を急がなくてもいいかなとも思っている。だから、僕の家へ呼べるだけでも大満足なのだ。

「名前さん、今日の放課後予定空いてる?」
「うん、空いてるよー」
「なら、良ければですが、僕の家へ来ませんか?」
「え、花京院君の家…?」

名前さんは驚いたような表情で僕を見ている。もしかして、家に呼ぶのは不味かっただろうか(そりゃあそうか異性の家なのだし)。承太郎め、これで嫌われたら君を恨むからな。

「…い、嫌なら断って下さい。僕なら気にしませんから」
「ううん!そうじゃないの!花京院君のお家なら行ってみたいな」
「ほ、ほんとですか!」
「うん。でもお邪魔じゃない?」
「いえ、そんなまさか!今日は両親が帰ってくるの遅いので…」
「そうなんだ、じゃあ行かせて貰おうかな」
「―!」

――や、やった!
承太郎、僕やったよ!名前さんを家に誘うことに成功した!これは一歩進んだと解釈しても良いんだよな!

「それじゃあ放課後に」
「うん!」

その日の授業は全く頭に入らなかった。


――そうしてやって来た放課後。
名前さんとそのまま僕の家へ向かうべく、肩を並べて一緒に歩く。ああ、今更になって緊張してきた。

「も、もうすぐ着きますよ」
「そうなんだ、結構近くなんだね」
「ええ…」

た、大変だ。緊張し過ぎて話が続かない。何を話せばいいんだろう。僕はいつも何を話していた?駄目だ、頭が真っ白で何も思い出せない。

そうして気まずい沈黙のまま、僕の家へと到着した。

「わあ、花京院君の家って大きいね」
「そうですか?普通ですよ。さあ、上がってください」
「うん、お邪魔します」


***


「どうぞ」
「有難う」

名前さんの前にジュースを置く。彼女の好きなジュースもリサーチ済みだ。悲しいかな直接聞き出した訳でなくて盗み聞きで、だけど。
名前さんは物珍しそうにテレビへと視線を向けた後、小さく声を上げた。

「あ、ゲーム。そういえば花京院君、ゲーム好きって言ってたよね」
「やってみる?」
「え、いいの?」
「勿論」

ゲームを用意する振りをして、恋愛シミュレーションゲームのカセットを隠す。これが見付かっては事だ。名前さんに幻滅されかねない。

「はい、コントローラー」
「わあ、私ゲームってあんまりしたこと無いんだよね。緊張するなあ〜!」
「大丈夫ですよ、そこまで難しくないですから」
「それ花京院君基準でしょ、私じゃあきっとダメダメだよ」

拗ねて頬を膨らませる名前さんも何て可愛らしいんだろう。最近は彼女の色々な表情を見ることが出来て嬉しい。これも仲が深まった特権ってやつだろうか。

「Aボタンで敵を切って、Bボタンでジャンプ。十字キーの左右で移動してください」
「え、えと、Aでジャンプ…?」
「Bでジャンプです」
「Bね。オーケー」

軽快なBGMが流れ、ゲームが始まった。名前さんは辿々しい指使いながらも先へと進んでいく。

「あ、敵です!切って」
「切る!?ええと、切るってどれだっけ!」
「Aですよ、A!」
「えええ、Aってどっちだ!」

コントローラーを見てボタン配置を確認する名前さんを敵はご丁寧にも待っていてはくれない。あっさりとやられてしまった。おどろおどろしいBGMが流れ、画面には『GAME OVER』の文字。

「あーあ、負けちゃった…」
「最初はこんなものですよ」
「よーし、今度こそは!」


***


「―!!や…やった!花京院君、やったよ!」
「ええ、やりましたね!」
「1面クリア出来たーっ!」

あれから30分後、名前さんも大分ゲームに慣れてきたようで最初のステージはクリア出来た。ボタン配置も分からなかった頃と比べると大きな進歩だと言える。名前さんが嬉しいと僕も嬉しいな。

「花京院君のお陰だよ!」
「いえ、でも実際動かしたのは名前さんですから…」
「ううん、花京院君のサポートが無かったらきっと1面だってクリア出来なかったと思う。だから、有難う」

名前さんは口許に笑みを刻みながら僕の手を握った。それは無意識の行動だったのだろうけど、僕からすると刺激が強すぎた。異性…それも好きな相手からの接触にどうすればいいのか分からなくなり、気付けば僕は名前さんの腕を振り払っていた。
驚く名前さん。しかし次の瞬間にはその表情は悲しみに変わっていた。…ああ、すみません。そんなつもりじゃあなかったんです。貴女を傷付けるつもりなんて――。

「…え、あ…ごめんね、花京院君…私、興奮しちゃって…」
「い、いえ…」

何か気の聞いた一言でも言ったらどうなんだ、花京院典明。彼女を悲しませたままで良いのか。

「あの、花京院君が嫌ならもうしないから…」

違うんです。

「本当にごめんなさい…わたし…」

違うんです。

本当に違うんです。
貴女を拒絶したかった訳ではないんです。本当は嬉しかったんです。名前さん、あなたに触れられて。僕は心の底から嬉しかったんですよ。

「ごめんなさい、私もう帰るね…」
「まっ、」

名前さんを掴み損ねた手は宙を切っただけだった。




仲良くなってきたので、タメ口が出だした花京院君。ちなみにこのお話に出てくるゲームは架空のゲームです。 / 140209
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