サクランボ色の恋情 | ナノ
「なあ、承太郎っ聞いてくれよ!僕、昨日名前さんと一緒に帰ったんだ!」

唯一無二の親友である承太郎に昨日の出来事を報告する。
承太郎は煙草の煙を吐き出してから静かに「…一緒に帰っただけか?」と問い掛けてきた。
そこで僕は胸を張って答える。「帰っただけだよ」と。

「…それだけで報告してくんな。報告するならもっと進んでからにしろ」
「えぇ、どうしてさ!僕にとってはそれはもう進んだ方なんだけど」
「どこが。せめてキスしてからにしろ」
「キ、キス!?」

思わず声が裏返った。
キスだなんてとんでもない!手を繋ぐことすら出来ていないばかりか、まともに会話をしたのだって昨日が初めてだ。キスなんていつになることやら。まず付き合えるのかすら怪しいものだ。

「そんな風に簡単に言うのは止めてくれよ。僕は君と違ってモテた事だって、女の子とまともに話した事だって無いんだから。キスなんて夢のまた夢だよ」

承太郎は聞いているのかいないのか、また煙草の煙を吐き出した。

「…取り敢えずもっと積極的に話し掛けてみろよ」
「えぇ!無理だよそんなの!昨日のでやっとだったんだよ!?」
「何言ってやがる。そんな事でどうすんだ?名前のことが好きなんだろ。誰かに取られても良いのか?」
「そ、それは嫌だけどさ…」
「なら腹括りやがれ。てめぇも男だろ」

承太郎にビシッと言われて、身が引き締まった。彼の言うことも尤もだ。確かに、僕が動かないとこれ以上の進展は無いのかもしれない。


***


「…あの、名前さん」
「どうしたの?花京院君」
「その、宜しければお弁当、一緒に食べませんか?」

『積極的に話し掛けてみろ』、承太郎に言われた通りに実行する。お弁当を一緒に食べようと誘うだけなのに、こんなにも勇気がいるとは思わなかったが。
ああ、断られたらどうしよう。こんなに小さなことなのに、僕にとっては致命傷だ。立ち直れないかもしれない。
だが、そんな心配は余所に彼女の返答は僕にとって嬉しいものだった。

「うん、良いよ。じゃあ机くっ付けよ?」
「―!は、はい!」

やったよ、承太郎!僕、名前さんとお弁当を一緒に食べるよ!!


「わあ、花京院君のお弁当美味しそうだね!」

お弁当の蓋を開けてすぐに名前さんの明るい声が飛んできた。誉められるのは凄く嬉しい。それが自分で作ったものなら尚更だ。

「有難う御座います。実はこれ、僕が作ったんですよ」
「えっ花京院君が!?凄いね!」
「両親が仕事で忙しくて、お弁当まで作って貰える余裕が無くて…だから、どうしても僕が作るようになってしまって。毎日作るものですから簡単な料理なら出来るようになってしまったんです…あ、すみません、こんなのどうでもいい話ですよね」
「ううん、そんな事ない!花京院君の話が聞けて良かった」

そう言って嬉しそうに笑う名前さんの笑顔を僕は一生忘れないだろう。先程から僕の鼓動は高まりっぱなしだ。

「名前さん、宜しければお一ついりませんか?」
「え、いいの?」
「ええ、勿論。どうぞ」

弁当箱を差し出せば、名前さんはそれはもう嬉しそうに卵焼きを一つ摘まんで、ぱくり。頬張った。

「美味しい!花京院君お料理上手だね!」
「そうですか?有難う御座います」
「あ、そうだ。貰ってばかりは悪いから私のもどうぞ!と、言っても、私が作ったんじゃなくてお母さんが作ってくれたお弁当なんだけどね」

お母さん…名前さんのお母さんか。何れ僕のお義母さんになったり…いやいや!僕は何を考えているんだ!
良からぬ考えを頭から追い出し、名前さんのお弁当から卵焼きを摘まんだ。

「…美味しい。少し甘めなんですね」
「そうなの、私卵焼きは甘めが好きで…あ、でもね、花京院君の卵焼きは好きだな」
「…!」

『好きだな』その部分だけを頭の中で反復する。僕自身の事じゃないって分かってはいるけれど、好意の気持ちを表されるのは嬉しくて。否が応にも顔がカッと熱くなった。

名前さんの好みも聞けたし、今日はなんて運の良い日なのだろう。明日からは甘めの卵焼きを作ることにしよう。彼女を誘う口実の為に。




少しずつ、少しずつ距離を縮めていきます。
承太郎は花京院の良き友であり、良き相談相手であり、恋愛の師匠でもある。ことあるごとに相談してます。 / 140128
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