共依存 | ナノ

初流乃君と私が住んでいるのは小さなアパートの一室だ。
ギャングのボスなのだから、凄く立派な豪邸に住んでいるのかと勘違いされがちなのだが、全然そんな事はなく。むしろ人目を避ける意味で、そういった目立つ場所での生活は控えている。だから、引っ越す先は決まって同じ様なアパートを一室借りるだけの質素な生活である。それはスタンドを持っていない私が敵対するギャングに狙われないように、との初流乃君の気遣いだった。


初流乃君は今日も今日とてお仕事で家には居ない。私も一応組織のメンバーなのだけれど、スタンドも無ければ戦闘能力もまるで無いので、どうしても留守番が多くなるのだ。

「今日はお掃除でもしようかな…」

一人っきりのリビングで独りごちる。アパートの一室とは言え、掃除をしなければ埃は溜まっていくのは当たり前で。
さて取り掛かるか、と立ち上がり掃除機を取り出す。そして掃除機をかけようとしてはたと気付いた。

「あれ?」

『開かずの間』が開いている。
開かずの間とは、私が勝手にそう呼んでいるだけのある部屋の事である。よく初流乃君が出入りしているのだが、私を招いてくれたことは一度も無く。勝手に入ろうものなら怒られるし、何より普段は鍵が掛かっている為、私が入るのは不可能なのだ。よって、私にとっては文字通り開かずの間ということでこの名前が付いた。

その開かずの間が、どういう訳か少し開いている。まさか、中に初流乃君が居るのだろうか?

「初流乃君?帰ったの?」

中から返答は無い。と言うことは、只単に鍵の閉め忘れだろう。おっちょこちょいだなあ、と思いつつノブを握ったところで固まった。

「………」

今、初流乃君は居ない。
そして、扉は開いている。
これはチャンスではないのか?
ずっと気になっていたのだ。何故そこまで頑なに部屋へ入らせてくれないのか、その理由を。
それを知るには今は絶好のチャンスじゃあないのか?

心臓がばくばくと早鐘を刻んでいる。只でさえ小心者な私にとって、この決断は凄く勇気のいる事だった。もしも見付かってしまったら?いくら私には優しい初流乃君と言えど、どうなるか分からない。

だが、好奇心には勝てず――。
気づけば扉を押し開いていた。


部屋の中には大きな机が置かれており、その上にはよく分からない機材と(ビデオの再生機器だろうか?)、ブラウン管テレビが幾つか乗っていた。そして壁際には本棚が二台。中にはビデオテープが綺麗に並べてられている。
ビデオテープの背には初流乃君の字で一つ一つに数字が書き込まれている。四桁の数字、そして二桁、二桁と並んだこの数字はもしかして日付だろうか?だとしたら、『1999.10.01』と書いてあるのが一番古いビデオテープという事に なる。よくよく見れば、驚くことに昨日の日付のものまで置いてあるではないか。
一先ずビデオテープは置いておき、他には何か無いのかと部屋を見回しても、あとは段ボールが床に転がっているだけだった。

「…え、これだけ?」

特に変わった様子もない部屋内に思わず拍子抜け。期待を膨らませていただけに落胆も大きい。

「でも、どうして私には見せたくなかったのかな…」

これなら他人に見られたって平気だと思うのだけど。

「……あ、」

もしかして、このビデオテープを見られたくなかったのかも。
初流乃君も年頃だし、そういう映像に興味が有ってもおかしくはない。つまりはえっちな映像を保存しているのだ。このビデオテープに書かれた日付は、その日のテレビか何かを録画した物だとすれば、全て説明がつく。
まあそれにしては、1999年10月1日から一日も欠かさずに有るのは少しおかしいが、それだけ残しておきたい映像が毎日有ったのだろう。

初流乃君がそれ程迄に残しておきたかった映像。何だろう、凄く興味がある。

「少しなら良いよね…?」

また好奇心に負け、私は再生機器と思われる機材にビデオテープを差し込み、再生ボタンをポチっと押した。
テレビがパッと明かりを放ち、映し出したのは無声の白黒映像。

…あれ?
てっきりえっちな映像かと思っていたけれど違ったのか。でも、白黒映画って初流乃君も存外渋いなあ。

白黒の世界の中では、一人の女性が忙しなく動き回っている。後ろを向いている為、顔は見えない。
あ、この映っている部屋、学生寮に似ている。あの机、ガタガタで勉強する時難儀したっけ。彼処に置かれている本は私のお気に入りのタイトルだ。初流乃君に貸したら「これ、微妙でしたよ」なんて言われて返ってきたっけ。

「え」

ちょっと待って。
どうして、そんなに似たものばかりが映っているの?偶然にしては出来すぎていないか?

嫌な汗が背を伝う。歯が合わさってガチガチと音を立てた。
そんな、まさか。
映像の中の女性が振り返る。
うそ、そんな、あれは、

「わたし…」


「見てしまいましたか」

突然背後から聞こえた声に体が跳ねる。
うそ、どうして、ここにいるの…

「…初流乃君…」
「入らないでとあれ程言っておいたのに…まったく」
「ね、ねえ、これどういう事…?」
「ああ…それは僕が見ていない間、一人になる姉さんが心配だったものですから監視カメラを仕掛けておいたんです。ただそれだけですよ」

本当にそれだけ。普段と変わらぬ様子で答える初流乃君。

「四六時中姉さんの事を見ていたいんですが、それって不可能でしょう?だから、この方法を取りました」

異常な事なのに、それがさも当たり前のように言う初流乃君に背筋が寒くなる。それと同時に腹の底から沸々と怒りが沸き上がってきた。どうして実の弟からこんな仕打ちを受けなくてはならないのだ、と。

「…お願い、これ全部捨てて…」
「嫌だと言ったら?」
「っ、無理矢理にでも捨てさせる」
「貴女にそれが出来ますかね。出来るものならどうぞ?」

挑発的な初流乃君の言葉に、―プッツン。頭の中で何かが切れた音がした。

「捨ててくれないなら、初流乃君の事嫌いになる」
「…え、」
「今までのビデオを捨てて、こんな盗撮行為はもう止めると誓ってくれないと私出ていくから。引っ越し先も初流乃君には絶対に教えない。これで一生お別れだね。同居人が欲しければ別の人探して」

思っていたことを怒りに任せて全て吐き出し、初流乃君を見ると――

泣いていた。

「…えっ?えっ…」
「何故そんな事を言うんです!?お、お願いします…嫌いにならないで下さい…。僕、ナマエに嫌われたら生きていく自信がありません…」
「え、」
「ビデオテープは捨てると誓います…盗撮もしません…。だから、お願いします。ナマエ、僕を見捨てないで…」

のし掛かる罪悪感。まさかこうなるとは思っていなかった。少し反省させるだけで良かったのに、まさか泣かせてしまうとは。言い過ぎてしまったようだ。

「ご、ごめんね、初流乃君。さっきのは言い過ぎちゃった、かも…。私、初流乃君の事嫌いになんてならないよ。たった一人の家族だもの…さっきのは、何て言うか…言葉の綾みたいなもので…」
「ほ、本当ですか?」
「うん。私、初流乃君の事大好きだよ」
「…!」

私よりも大きい弟を真正面から抱き締めてやる。背をポンポンと叩いてやれば、「すみません」と蚊の鳴くような声で謝ってくれた。

「もう良いよ」
「…僕を許してくれますか」
「勿論。でも、ビデオはちゃんと捨ててね」
「はい…(なんて、嘘だけど。何でもすぐに信じる姉さんのそういうお人好しなところ、僕は好きですよ)」

汐華初流乃は姉に見えない位置でその端正な顔を愉悦に歪めた。




垣間見えたジョルノの異常性にお姉さんもドン引きです。『開かずの間』の正体は監視部屋だった訳ですね。編集機器もばっちり完備しております。
最後は盗撮はこれからも続けますってオチです。

ちなみに撮り溜めてた盗撮映像ですが、あれはほんの一部です。実はもっと遡ってあったりします。置場所が無いから違う場所に保管しているだけであって。//131022
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