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人に見られるというのはあまり気持ちの良いものではない。それが例え機械越しであったとしても代わりはない。
双子の兄である汐華初流乃は、今日も私をハンディカムのレンズ越しに見る。数日前に機器を購入してからというものずっとこの調子だ。止めて欲しいと何度となく言っても聞く耳を持たない状態。
私の気持ちも分かって欲しいというのが切実な願いだ。四六時中自分を録画する機械に追い立てられるというのは苦痛でしかない。何時何処で見られているか分からない恐怖というのはストレスが溜まる一方だ。例え兄さんにそんな気がないとしても、私には恐怖の対象でしかないのだ。

「さあ、ナマエ。此方を向いてください。その可愛い顔を僕に見せて」

ジィーと機械的な音を立てるハンディカムが此方を向いている。私が慌てて掌で顔を覆えば、兄さんはさも残念ですと言わんばかりの声を上げた。

「も、もう止めようよ兄さん…どうして私ばかりを撮るの…?」
「ああ、ナマエ…そんな愚問をわざわざ聞くのですか?貴女だからこそですよ。さあ、その手を退けて僕を見てください」

『僕を見て』じゃなくて『ハンディカムのレンズをしっかり見て』の間違いじゃないのか、なんて思っていても中々口には出せない。

「そこまでして私を映す理由ってある…?私、面白いことなんて出来ないよ」
「簡単ですよ。今現在の可愛い貴女を閉じ込めておきたいんです。いつか僕たちは老いていきますよね。でも、このビデオに残されたナマエは未来永劫老いもせず、変わりもしむせん。このビデオの中では今の愛らしいナマエに会えるんです。…あ、何もナマエが老いるのが嫌って訳ではないんですよ。むしろ共に老いるのは何よりも喜ばしい。だから、面白いことなんて期待していません。そのままの貴女の姿が見たいのです」

兄はたまによく分からない事を言う。今回だってそうだ。まるで私が映像の中で生きているような口振り。映像は映像で、生命の息吹など感じられないというのに。兄の考えていることは私には到底理解出来ない。

「さあ、顔を見せて」
「…うぅ…」
「ああ…可愛いですよ、ナマエ」

兄さんに腕を捕まれ、抵抗できずに顔を晒されてしまった。レンズが私を追ってくる。

「に、兄さん、こういうの兄さんの嫌いな"無駄"な行為だと私は思う…」
「いいえ。貴女には無駄にうつっても、僕にとっては重要な行為なんですよ」

ハンディカムを構えたまま、兄さんはにこりと笑んで話し続ける。

「ねえ、ナマエ。この際だから言わせてもらうが、その"兄さん"ってのいい加減やめてくれませんか。僕らは双子なんですよ?年も変わらなければ、生年月日だって同じ。同じ母親の子宮の中で共に育ってきたんです。貴女には初流乃と呼んでいただきたいんです。ジョルノではなく、初流乃と…」

兄さんの人差し指が私の唇に触れた。
ハンディカムは依然として私に向けられたままで、私が『初流乃』と呼ぶ瞬間を是が非でも映像として納めておく気らしい。

「あの、兄さん…」
「違うでしょう?初流乃と」
「…え、えと、あの……」

今更『初流乃』だなんて呼べる筈がない。だって、今までずっと兄さんとしか呼んでこなかったし、それに実際数分だかの差であれ、彼が兄になるべく生を受けたのだ。兄さんという呼び方で間違いはない。
……というのは建前で、本当は今まで何度となく『初流乃』と呼ぶタイミングを見失っていて、気恥ずかしくて呼べそうにないというのが本音だ。

「仕方がありませんね。そんなに恥ずかしくて呼べないというのなら、手伝って差し上げますよ。それとも、発音の仕方が分かりませんか?」

それくらい分かっている。反論しようと口を開いた瞬間、兄さんの指が口内に侵入してきた。これを狙っていたらしい。
口内に遠慮なしに入れられた指に舌を掴まれ、そのまま外へと引き摺り出されてしまった。外気に晒された舌が乾燥していくのがよく分かる。

「んー!んー!」
「発音の仕方が分からないようですから、教えて差し上げましょう」
「んー!」
「舌はこう動かさなくてはなりません」
「んんん!!」

舌をこれでもかと引っ張れる。痛さに顔をしかめれば、兄さんは恍惚とした表情で更に舌を引っ張って痛みを与えてきた。
兄さんのドエス!言葉に出して言えないことでも心の中なら言い放題だ。

「んん!」
「良いですか、ナマエ。僕の名前はナマエに呼ばれるためだけに存在しているんです。他の何人たりとも僕の名を呼ぶ権利なんて無い。貴女だけに呼んで貰いたいのです」

分かりますよね?と問われ、その気持ちは全く分かってあげられないが、早く解放して欲しい一心で首を縦に振る。舌を掴まれたままだから動いているのか、それともいないのか分からないくらいの小さなものだが。

「分かって貰えたようで良かった。それじゃあ、呼んで下さい」

兄は私に是が非でも名前を呼ばせる気なのだ。ここで抵抗し続けてもいい結果にはならないと普段の行いから学習しているので、兄の言う通りにしよう。一度呼べば良いだけなのだ。たった一度。……それが恥ずかしいのだけれども。

「……は、はる…」
「あと少し」
「うぅ…初流乃…」
「はい、よくできました」

柔らかく微笑んだ兄さんに唇を塞がれた。それすらも映像に残そうとハンディカムを回し続けるのは、ある意味尊敬出来る執念だと思った。

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霧子様、リクエスト有難う御座いました!

兄妹だとジョルノの鬼畜度が少しだけ上がるようです。このお話は本編の2話に当たるものの別ver.になるように書かせていただきました。なので同じくビデオネタです。盗撮ではなく堂々と録画しまくってますが…。

(14/05/05)
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