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ナマエの同居人達は日本食が大の苦手であった。吉良吉影は生粋の日本人であるからして問題は無いものの、何処の出身かも分からない外国人始め、国籍もバラバラの人間の寄せ集めである荒木荘ではそれも仕方のないことだった。日本に住み始めてもうかれこれ数年は経つが、どうしてもこれだけは受け入れられなかったのだ。

まず料理によっては食感であったり、味覚であったり、その料理が放つ独特な臭いであったりが日本食に馴染みの薄い彼らの好みには合わないものばかり。それでも食卓に出されたからと無理をしてでも口に含むのだが、喉を通った瞬間に何とも言えない気持ち悪さが広がり、いっそ意識を飛ばしたいと思える程。
そして最も彼らを日本食から遠ざけてしまう要因となったのが、ナマエや吉良の作法の厳しさであった。純日本人の二人は、箸をろくに使ったことのない人間に対しても箸のマナーについては滅法煩かった。テーブルマナーならば完璧にこなせる自信のある外人たちであったが、箸の使い方となると話は別。持ち方の練習から入り、マスターするまで数週間。それでもまだ完璧とは程遠く、未だに注意されることだらけだ。やれ刺し箸だの、横箸だの、単語を並べられたってちっとも分かりやしない。箸を持つ度にお小言を言われ続け、日本食にも苦戦し、やがてそれらが相まって彼らの中では日本食=憂鬱な物に変わってしまっていた。

しかし、毎日食事を作っている吉良からすると、彼らがどれだけ日本食を嫌おうが知ったことではない。作るのは吉良自身であって、彼らではないのだから。食べるだけの人間に(一部人外も含む)文句を言う資格など無いのだ。
つまりは本日も食卓に日本食のオンパレードが並べられたのであった。


「また"ワショク"なのだな…」

ディアボロは食卓に並べられた日本食をぼうと眺め、心底嫌そうに息を吐いた。まるで自分の料理を否定するかのようなディアボロの言い種に吉良が黙って見過ごす筈は無く。

「当たり前だ。此処を何処だと思っているんだ?文句があるなら日本から出て行け。今すぐにな!」
「まあまあ、吉良さん…日本から出て行けは言い過ぎですよ」
「そ、そうだぞ吉良…何もそこまで怒ることではないだろう…」
「人に喧嘩を売っておいて何を言っているんだ君は」

今にもパスポートと旅行鞄を渡して荒木荘からディアボロを追い出さんばかりに息巻いている吉良を宥めすかし、ナマエは続ける。

「ディアボロさんも少しずつでも日本食に慣れていった方が…。もうそこそこ日本に居ますし」
「そうは言っても、どうしても味も臭いも食感も全てにおいて慣れない」
「右に同じだ。このイカの塩辛なんて最悪じゃあないか。見た目もそうだが、なんと言ってもこの塩味!日本人はどうしてこういうものを好き好んで食べる!?それに納豆を一緒に並べるなと言っておいた筈だ!絶対にこのDIOには近付けるな!」

ディアボロに続いてDIOも日本食が如何に自分達の口に合わない最悪の料理なのかを力説し始めた。しかし、吉良やナマエにとっては左から右に抜けていくも同然の戯れ言だ。今こうして文句を言っていても、腹が減れば最終的には食べると分かっていたから。何故なら腹に入れても害の無い食料というのがこれしかないからである(害虫駆除のホウ酸団子を食べて腹を下さないというのなら話は別だが)。

「納豆をお前にやろう」「いや、お前に」DIOとディアボロが納豆の押し付けあいを初めた頃、ヴァレンタインがナマエに耳打ちをする。

「…なあ、ナマエ」
「なんですか、ヴァレンタインさん?」
「日本食だが、ナマエに食べさせて貰えれば食べられる、かもしれない」

そんな馬鹿な、とナマエは思った。視界に入れることすらも拒否する程に苦手な日本食を、ナマエが食べさせたからと言って食べられるようになるとは考えられなかったから。
しかし、苦手な日本食を克服しようと歩み寄ったその姿勢は称賛に値する。少しくらいならその無駄な試みにも協力してやっても良いかなと思うくらいには。

「…分かりました。それじゃあヴァレンタインさん、あーんして下さい」
「あーん、」

一国の主がまるで餌を待つ雛鳥のように口を開けているのを見てナマエはムズムズした妙な気分になった。これが庇護欲というものだろうか。
ヴァレンタインは黙ってモグモグと口を動かした後、喉を上下させ口内に放り込まれた焼き魚を嚥下した。

暫しの沈黙。しかし、すぐにその沈黙を破るようにヴァレンタインはその場で嘔吐いた。

「…ぐっ…!」
「ああもう、無理するからですよ。大丈夫ですか?」
「……吐き出してくる」
「…ごゆっくり」

お前は付き添ってくれないのか、と目線で訴えてくるヴァレンタインをナマエは片手で軽くあしらった。
やはりナマエが食べさせたからといって何かが変わる訳ではなかったのだ。急いでトイレに駆むヴァレンタインの背を見送り、ナマエは箸を持ち直した。

「無理したって食べられるようにはならないでしょうに…少しずつ克服したら良いと思うんだけどなあ」
「全くその通りだ。あのオッサン共はオツムが少し足りないんだろうな」
「そういえばディエゴくんは苦手なのに今まで嫌な顔一つしたことないね」
「…ああ、まあな」

本音を言えば、今にも口に含んだ刺身を吐き出してしまいたかった。だが、それをディエゴがしないのは一重にナマエに誉められたいからという下心から来るものだった。この瞬間のみではあるものの、惚れている女の子が数居る男達の中で自分だけを見てくれている。それがまるで自分がナマエを独占しているようで。言い知れぬ多幸感に包まれるのだ。

しかし、そのほんの数秒の間にも邪魔をしてくる無粋な人間は居るもので(この場合は"ヒト"と呼ぶのには適していないが)。

「ナマエ〜」
「何ですか?…ちょっと、ご飯の時くらい大人しくしてて下さいよ」

カーズがナマエの側へと膝だけで寄ってくる。それに行儀が悪いと苦言を呈しつつ、ナマエも同居人には甘い。

「おい、カーズ。ナマエは今俺と喋ってるんだからあんたは此方へ来るな」
「フン、何だそれはァ?ナマエと二人で仲良くお喋りして"コイビト"にでもなったつもりか?違うだろう?お前はただの同居人に過ぎん。その、ただの同居人風情にこのカーズが指図される謂れは無いと思うのだが、何か間違っているか?」
「カーズさん、そんな言い方は…それに、カーズさんもただの同居人ですし」
「いや、俺とナマエは捕食者と餌の関係だ」
「いや、私がカーズさんを食べるのはちょっと…」
「逆だ馬鹿」

すっかりカーズのペースに乗せられてしまったナマエを見やり、ディエゴは一つ舌を打った。確かに自分はナマエの恋人ではない。故に、カーズの言った通り彼女と話すのだって他人にとやかく言える権利は無いのだ。悔しいが、今回だけは憎き敵に白旗を上げるしかないようである。
一方その頃、カーズとディエゴが火花を散らしあっているのをこれ幸いとばかりに、ディアボロとDIOはナマエの皿に自分達が嫌いなものを入れていっていた。それを吉良が二人の手を叩くことで止めさせたのは言うまでもないことだろう。お陰で彼らの苦手なものが倍に増やされるという罰も背負うことになった。


「ナマエ、イカを口に含め」
「え?イカ?」
「良いからさっさとするのだ」
「はいはい」

ははーん、毒味をさせようと言うのだな。そう合点したナマエはカーズに言われた通りにイカをひょいと口に放り込んだ。

「これで良いんで……っ、」

全ての言葉を吐き出す前にカーズがナマエの唇を塞いだ。その前触れも無い突然の出来事にナマエは勿論他の住人たちも目を白黒させる。
カーズだけが性急に事を進め、ナマエの口内に居座っていたイカをかっ浚っていった。ついでとばかりに舌が上顎を撫で、彼女の舌を絡め取った後に出ていく。二人を繋ぐ銀の糸がプツリと切れてから漸くナマエは我に返って、頬を染めて口許を抑えた。

「…ふうん、確かに食べてみるとそこまで不味くはないな」
「カーズ貴様!!!」

DIOがちゃぶ台をひっくり返し、ディアボロがさっとナマエを背に隠す。
この日の荒木荘の食卓は和やかなものから一転、修羅場へと化したのだった。


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サカイ様、リクエスト有難う御座いました!

苦手と言うか全力で嫌ってる感じになってしまいましたが、本編では恐らく何でも食べる彼らなので、こういう一面があっても可愛いですよね…!(言い訳)
カーズ様は自分のマイナス要素をプラスに変えてきそうなので、役得になっていただきました。

(14/07/19)
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