■撫子
異世界トリップしました。これはファンタジーでよくある話。
魔王になっていました。これもファンタジーではまぁよくある話。主人公最強は鉄則。
魔王と敵対する勇者がなんと友人でした。しかもそれに気付いたのは、勇者を、いや、友人の朝永撫子を殺した後でした。これもファンタジーではごく稀にある話……。
「な訳ないよね」
テーブルに置かれたたくさんの瓶の中からまだ残っているものを探しては口に含む。ここにあるお酒は全てアルコール度数六十以上で、人間が飲める範疇を超えている。私は人間ではないことをこんなところでも主張してくる。
いくらお酒をあおっても酔えない。頭がぼうっとする、あの感覚には辿り着かない。
「どうしてーー」
どうして、撫子だったのだろう。彼女はあちらの世界で生きているはずではなかったのか。クローゼットの中は異世界につながっていると若干本気で信じている優しい子なのだ。私みたいなつまらないやつなんかに構うお人好しな子なのだ。
ああ、あの勇者が撫子によく似た人間だったならどれほど良かったのか。しかし私の頭の中には撫子が『気にしないで、そういう運命なのよ。落花』と微笑んだ姿が離れない。
天才は孤独であるべきだと、誰かが言った。その通りだと思う。天才は周りに悪影響だ。彼らは、私は孤立するしかない。生きる災害、歩ける厄災なのだ。
あの事件から、私は遠い地に一つの小屋を建てた。魔王は息子に譲った。幸いにも魔王は性繁殖をしない。なんと言えば良いか、デザインチャイルドみたいなもので、自分で生み出すのだ。息子には人間と平和締結を結ぶように言いつけておいたおかげで、かなりの時間を要したものの、今や勇者という職は廃れている。人間との交易も落ち着いてきた。
残念なことに、私は気軽に死ねない。私が即死の傷を与えたところで、死ぬ前に再生するのだ。だからこうして、俗世から離れた森の中の小屋で、ただただ遠回りな自殺をしている。飢餓を待っているのだ。哀れな私。もう最後の食事から何年も、何十年も、何百年も経つというのに、まだ死ねない。
こう延々と続く負の感情に頭がおかしくなりそうだ。いや、もうとっくにおかしいのかもしれない。最初っから。それこそ、生まれた時から。
もう日も暮れた。寝るつもりはないが、ベッドへ寝転んだ。この体は睡眠も欲しない。私は何者なのか。誰かに教えて欲しい。私はどうしたら死ねるのか――。
『コンコン』
むくり、と体を起こす。来客だ。過去にも道に迷ったものがたまに(と言っても五十年に一度くらい)このドアを叩いた。私はいつもの通りにドアを開け快く彼らを受け入れる。
「どうぞ。道に迷ったのだろう?一晩泊まっておいき」
「あ。あの、ありがとうございます」
ぺこりと小さく頭を下げた彼女に、ひどく既視感を覚えた。
嫌な予感がした。取り返しのつかないことをした自覚があった。このドアは開けてはいけなかった。
「今晩お邪魔させていただきます。フェルミナと申します」
ああ。なんてこと。
可憐に微笑む彼女の顔は、撫子そっくりだったのだ。
撫子。君は何百年と時間が過ぎても私の頭の中で生き続けている。早く。早く私を殺してくれ。早く。そうでなければ、私は、私は―――。
2015/09/20
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