▼ 13/07/05 (08:26)

「球磨川さん…
俺、駄目でした。どうしても抜け出せません。俺は自分本意に今までいろんな壊して来ましたが、どうしても許せません。改心した今の俺の行動で少しでも壊した者物へ罪滅ぼしをと思っていましたが、…下種な人間です。俺の気が楽になれ、としか思えません。
ごめんなさい、ごめんなさい。
壊した人間は壊されるんだ。壊されるべきなんだ。球磨川さん、そう思いませんか?なのに、誰も壊しちゃくれません。体だけは丈夫に出来ているのか、壊す価値すらないのか、誰も俺を壊してくれる人間などいないんです!
……でも球磨川さん。球磨川さんなら壊してくれますよね…。
主従関係の壊れた今の無関係な俺達の間柄に、壊す価値すらない俺を壊すなんて…、なんて無意味じゃありませんか?球磨川さん、好きですよね?こういう人生?だからですね、球磨川さん。俺はあんたに壊してほしいんです。
壊して下さい、球磨川さん。」

そこまで一気に言い終えると、壁に追い詰めた球磨川の顔の横の壁を、ドンッと叩いた。下校時刻を過ぎた無人教室で男子高校生が二人。身長差故、阿久根は少し下に目線を下げる。サラサラとストレートの金髪が球磨川に触れる。


球磨川は理不尽だと思った。

阿久根の選択、阿久根の言動、阿久根の結果、それは全て阿久根自身が決めてきたことだ。いくら、選択幅を与えた張本人の一人とはいえ、いくら選択肢を賢く選ぶだけの知識がなかったとはいえ、尻拭いを他人に求めることは改心したと言われる阿久根らしからぬ思考回路だった。まして、以前の主にそれを求めるのは未練がましいとも、恥知らずとも言えてしまう、お門違い甚だしい行為だった。
だが、球磨川は内心楽しんでいた。自然と笑みが零れる。
端から見れば強姦中にも見えなくもないこの状況下、球磨川は両手を阿久根の頬に沿え、見下ろす阿久根を見上げてこう告げる。

『ふっ…高貴ちゃん。
僕はね、楽しいんだ。むしろ嬉しいよ。だってあの高貴ちゃんだよ?強くてやさしくて恰好いい高貴ちゃんが、天才で頭もよくて人に出来ることならそつなくこなす高貴ちゃんが、誰かの手を借りたいと思っている。誰かさんに後始末を済ませてほしいと訴えてる。過去のことなんて壊してほしいって言ってる。自分はもう向き合いたくないって叫んでる。
それはつまり…俺は悪くない、って言いたいんだね。』

球磨川は、いつか見た嫌悪を抱いて仕方ない瞳をしていた。それこそ実に愉快に。これこそが僕の生き様!とも言わんばかりの禍禍しさであった。

『うん。やっぱり嬉しいなあ。どう足掻いても君は僕等に陥ることなんてない、と思ってた。
でも君は化け物じゃない、人間だったね。ちゃんとプラスな面もあればちゃんとマイナスな面もある。僕が君に密かに育てていた、君の怠惰は枯れちゃいなかったんだ!
ようこそ、高貴ちゃん!
こっちの水は甘依存!』

「五月蝿い。」

それは阿久根の声だった。
一瞬誰からの声か、分からなかったが、確かに眼の上の金髪の中から発せられた言葉だった。
気のせいかと思った球磨川は声をかけてみた。

『高貴ちゃ−…「五月蝿いです。球磨川さん。」

間違っていなかった。阿久根が球磨川に向けて反論したのだ。
しかも敬語も敬意も皆無な言葉と態度で。改心後も、それは誰よりも傍にいた改心前でさえ見たことない言動だった。

「球磨川さん。
あんたは俺を壊してくれさえすればいい。それだけでいい。俺が生粋のプラスだとか、どう足掻いてもマイナスになれなかったとか、もう、どうでもいい。
あんたに破壊を願ったのは…あんたが好きだからです。ずっと、ずっとあんたが好きだった。あんたとの間にあるどうしても埋められない差異が寂しかった。天才と言われる俺でも理解出来ないあんたがいることが悲しかった。あんたのマイナスをどうやったって分かち合えないことが辛かった。でもそれ以上に俺は愛を感じるんだ。球磨川さん、あんたが好きです。敬愛、親愛なんて生温い。愛してます。俺は、大好きなあんたに壊されたい。」

球磨川は、これこそ理不尽だ、と思った。
阿久根は好きだ。それはお気に入りのペットのように。可愛がりたい。愛でたい。だがどうして、愛しているなら壊すんだよ、愛しているなら共に壊し合うのが愛ってやつだろ?と憤慨したかった。球磨川のぬる過ぎる仲間意識はそういう、「共に」「一緒に」破滅の道を歩むことを指すからだ。阿久根のような、愛する人のために生きたい、愛する人から貰いたい、という「一方的」な表現方法は理解し得ない価値観だった。それを押し付けるのはどうかと、流石の負完全でも不快に思う。理不尽窮まりない。
あーあ!折角高貴ちゃんがこっちに来てくれたかと思ったのに、結局強者の自己満かよ。興が削がれちゃったなー。

『高貴ちゃん。僕、そーゆーのパス。善吉ちゃんとかに頼みなよ。あの子、大好きな子のためなら敵対でもなんでもするからさ。じゃーまた明日とかー…っ!』

「球磨川さん…お願いします…」

知らんぷりを決めこみ、教室を去ろうとした球磨川の腕を掴んだ。必死だったのか掴まれた手首が少しいたい。
振り向くと、血走った眼で眉を潜め辛そうに懇願してくる。そんなに壊されたければ自傷でもすればいいのに。そっちの方が簡単で誰にも迷惑かからないっというのに。あ…でも今まで他人に依存してきたこの子だから、自分で決めて済ませる勇気を持ち合わせていないんだね。
可哀相に。
面倒だな。
でも僕は知らない!僕に責任の一遍があったとしても知らない!だってさっき、高貴ちゃんは僕の生き方を肯定してくれた。だから僕が高貴ちゃんを見捨てようと高貴ちゃんは僕を肯定してくれるさ!

『高貴ちゃんさーいい加減止めてよねー大体さー…っちょっと!』

出口へ去ろうとした球磨川だったが、ドンッ!と再び壁に押し付けられた。そして、阿久根は、握った球磨川の左手を自分の顔へ近付かせ、自分の瞳に触れさせようとした。
…分かる。これは、僕の手を使って高貴ちゃんの目玉を抉ろうとさせてるんだ。
体温の高い阿久根の肌に球磨川の左指が触れる。逃れたくとも相手の力が強すぎて抵抗出来るわけがなかった。強さを意識した阿久根に勝てる者など人間にはほぼいない。

『こ、高貴ちゃん…あ、あの…、止めてくれる…?』

「球磨川さん……球磨川さん、壊して下さい……」

阿久根はまるっきり聞く耳持たず、目の下の球磨川だけをじっと見つめる。いや、顔こそ球磨川に向いているが、瞳の先に球磨川がいるはずなのにまるでそこに球磨川など見えていないかのような猛進ぶり、虚構ぶりだった。ただひとつ、球磨川に壊されたい、壊されたい、救われたい、それだけを繰り返し念じているかのような顔だった。逃げようとする球磨川の左手をしっかり離さず、右肩を壁に押さえ付け、じわりじわりと瞼に爪を食い込ませていく。阿久根の瞼に、球磨川の爪を、阿久根が、食い込まていく。

『駄目…っ!駄目だよ貴ちゃん…っやめて。ねえ止めてよ高貴ちゃんっ!!』

ガガッ!!
球磨川は咄嗟に阿久根を張り付けにした。お馴染みの螺子で、お馴染みの張り付けを。

『はあ…はあ…』

気付くと球磨川は息を切らしていた。球磨川にしては気が荒れていた方だったかもしれない。いつだって気の向くまま、飄々と掴み所なく格好つけてみせるのが通常の球磨川だったから。それが球磨川だったから。だが、身の危険(といっても身が危険だったのは阿久根の方だったが)を感じ、危害を加える側をまるで正当防衛、本能のように螺子伏せたのは、正に稀なことだった。

『ふぅ…』

球磨川は溜息をついていた。乱れた呼吸は少し落ち着いたようだ。とんでもない。後輩に殺人を頼まれるなんて、絶対嫌だ。絶対嫌だった。
蛾々丸ちゃんはこんな気持ちだったのかな…球磨川はふと非情を頼んだいつしかの後輩を思い出す。いや、彼は過負荷の中でも理性的な部類だし、喜んでいたな。高貴ちゃんは僕なんかより蛾々丸ちゃんとかに頼めば良かったんだよ…
なんて平常を取り戻すため現実逃避に勤しむ球磨川だった。が…

ゴトッ…
張り付けにしたはずの阿久根が螺子から抜け出そうとしている。確か1分あれば抜けれると言っていた気がする。でも待てよ…まだ30秒も経ってないのに、なんで螺子あと1本しか刺さっていなんだよ!?

『こう、き…ちゃん…』

「ちょっと待ってて下さいね。以前はあんたの張り付けから抜け出すのに1分もかかってしまいましたが、ちゃんと学習しましたから。もう30秒もあれば抜け出せます。……よし、っと。お待たせしました、球磨川さん。」

それは爽やかな、女性に向ければ一発で一目惚れに落ちてしまうような笑顔だった。球磨川は青冷めた。自然と後ずさりしようとしたが、残念、後ろは壁だった。たらりと頬を汗が伝う。

「すみません。他人の手で他人の眼を抉るのは多少無理がありましたね。爪伸びてないと食い込まないし、俺が球磨川さんの指を動かせても、指の力までは動かせませんし。
でも大丈夫です。球磨川さんもお優しいですよね。俺を壊してくれる道具を自ら出して下さるなんて。」

そう言った阿久根は、さっきまで張り付けにされてた螺子を一本拾い上げ、球磨川に詰め寄った。
そして、球磨川の右腕を取り、右の手の平に螺子を持たせた。螺子を離さないよう自分の右手も沿えて。

「…球磨川さん。
あんたの螺子で俺を貫いて下さい。勿論『却本作り』がいいんですが。あんたと同じ思考体力精神力になれるなんて夢のようですが。今は物理的に壊されたいんです。俺は物理的に機械的に壊される痛みを知るべきなんです!
…といっても最早戯言ですが。しかし球磨川さんに壊されたい思いは本当です。紛れも無い真実です。お願いします、壊して下さい。目を抉り出すぐらいじゃ、丈夫な俺の体は死なないとは思いますが、もし死んでしまって愛する人を殺人犯にしたいわけではありませんし。
手始めに、この今まで壊してきた右手の平をぶっ刺してくれませんか?」

ここ、と自分の右手を指し示すと、自ら壁に背を当てた。ほら、これなら壁に押しピン刺すように、力入らずで球磨川さんの螺子が俺の手を貫き通せますよ、とにこりと言う。螺子を掴んだ球磨川の右手を離さずに。

球磨川は、理不尽、だと思った。今日はこれで何度目だろうか。
止めてほしい。やめてほしい。球磨川は、球磨川自身が傷つくのは日常茶飯事として別に構わなかった。自分が、自分の意地の上、傷付けたり裏切ったりするのもよしとしていた。それこそが日常であったし、それこそが球磨川禊だった。
だが、自分の信念とは関係のないマイナス行為を望みはしなかった。まして、明らかに自分の所以で、誰かが傷付くなんてことは、僕のせいじゃない、といつも言いつつも、正直いつも悲しかった。皆僕に巻き込まれて傷付いていく、皆僕と一緒にいたから壊れていく、皆僕に飲み込まれて不幸になっていく。それは、球磨川禊の意地とは全く無関係な所で無作為に行われていた。それが球磨川禊の過負荷だったからだ。
だからこそ球磨川は受け入れることにした。不条理を。理不尽を。堕落を。混雑を。冤罪を。流れ弾を。見苦しさを。みっともなさを。嫉妬を。格差を。裏切りを。虐待を。嘘泣きを。言い訳を。偽善を。偽悪を。風評を。密告を。いかがわしさを。インチキを。不幸せを。不都合を。巻き添えを。二次被害を。
だからこそ球磨川は常に弱者の味方であった。財部然り、喜界島然り、後輩然り、女性然り。
だからこそ、こんな、後輩から殺人犯にされそうな出来事すら、愛おしい恋人と作る思い出のように受け入れようとした。怠惰に堕ちた阿久根の味方であろうとした。

だが、今回は勝手が違った。
まるで常に被害者の球磨川を加害者にでっちあげるような、天才の気まぐれに呆れ果てていたし、なにより後輩が自分の手で自ら傷付くのは嫌だった。

…思い出すのは夏の書記戦。
球磨川の皮肉によって起こった大爆発を江迎が庇って大怪我したときのこと。傷の理由は違えど、後輩が自分のせいで怪我を覆ってしまった。あの球磨川の動揺ぶりは、なかったことに出来ないことを発見してしまった。強いて言えば初めから間違えてる過負荷は、どんなに忌み嫌いたいと思っている過負荷は『なかったことには出来ない』という、マイナスは何処まで行ってもマイナスだ、という突き付けられた現実に対してのショックもあっただろう。ただ、きっと後輩想いの球磨川のことだ。自分が仕出かした過負荷の尻拭いを後輩にさせてしまい傷つけてしまったこともショックだったに違いない。
今の球磨川は正にそれに近い状況だった。『僕は何処まで行っても他人を不幸にする過負荷なんだ』、分かりきっていたことだった。そんな摂理、4歳の頃から知っている。…それでも、めだかにちゃんと負け、段々とぬるくなり、幸せというものを感じ始めてきた今日この頃だった。だがしかし、
お前はそんな清い人間じゃないだろう?
お前はもっと淀んだ人間だろう?
と、球磨川の過負荷が球磨川を襲う。忘れていたツケが回ってきたように。阿久根の今回の現象は阿久根自身の負感情が大きく作用しているとはいえ、球磨川に関わったという、こういう摂理の中に芽生えたことを思えば、極めて当たり前のこととも言えた。
それでも…だからこそ…球磨川は動揺する。脅える。震える。聞きたくない、見たくない、知りたくない、と。

『…高貴ちゃん…ねえやめて……ね、お願いだから…』

「大丈夫です、球磨川さん、球磨川さん。ほら…」

螺子が阿久根の皮膚を破こうとする。球磨川はありったけの力で止めさせようと抵抗する。それでも当たり前に阿久根の力には到底及ばず、無力と化す。
首をふるふる振っては阿久根に懇願する。

『は……っこ、こうきちゃん……やめて!嫌!高貴ちゃ………っっ!!!』

ズチュッ
生々しい音が聞こえた。聞こえなくとも目で見て取れた。それはもう一瞬だった。螺子が阿久根の手を貫いている。皮膚が破けた衝動か、球磨川の顔には返り血が付いていた。刺さった螺子の端からは血がタラタラと垂れている。画鋲を足に踏んだのとはわけが違うのだろう。骨も砕いたのだろうか、随分手応えがあるようだった。
球磨川は奮え上がっていた。ガタガタと体を震わせ体中から汗を吹き出していた。呼吸をはあ!はあ!と息荒く過呼吸を起こしているようだった。目を見開き真っ赤に充血させ、血を流す阿久根をただただ見入る。
実際の『却本作り』で使うマイナスネジ等はイメージでしかない。また転校初日の奇襲で見せたように、刺されても内臓が飛び出たり、出血多量で即死ということもなかった。御都合主義に乗っ取っただけかもしれない。球磨川の主義により『健全なる青少年が読む週刊誌においてそーゆー血生臭い描写は、なかったことにした!』に乗っ取っただけかもしれない。だが、螺子を阿久根が共に持つことで、また今までの事象も手伝って、球磨川は『なかったことにする』だけの余裕がなかったのかもしれない。元々単純に物理攻撃にも用いる螺子だ。刺されば普通に痛い。
それなのに、だ。

「ああ…球磨川さん……」

当の本人阿久根は至極嬉しそうだった。うっとりと。たった今正に幸せを手に掴んだかのような穏やかな微笑みだった。脅え、震えあがる球磨川を余所に、阿久根は非常に幸せだった。これではどちらが強者でどちらが弱者かまるで分からない構図だった。

『……こう、き…ちゃん……っ…』

「くまがわ、さん……」

想い人の名を呼び合う幸せなヒトコマだと言うのに、これほどまで互いにちぐはぐで心穏やかではない具合があるのだろうか。心臓が痛い。学ランを、心臓のある部位を無意識に掴む。左右にふるふると首を力無く振る。僅かながらの拒否反応も空しく、未だ阿久根の左手は添えられ、逃げることなど出来ない。

『高貴ちゃん……はあ…はあ…やめよ、ねえ。もう手離して………
……っ!!??いや!やめて!こうきちゃん!!』

「少し黙っててもらえますか。今いい所なんです。俺は、愛する球磨川さんに壊されてる…俺は愛する球磨川さんに壊されている…とても…幸せ、です…」

阿久根は螺子を持つ球磨川の手を少しずつ回転し始めた。すると螺子の溝に添って、阿久根の手だった塊達がボロボロ床に落ちていく。肉の塊、血管だったであろう塊、砕いた骨の塊なんかもボロボロ取り出された。タラタラ流れていた血はダラダラと量を増して流れ出ていた。球磨川の螺子によって貫かれた阿久根の右手は螺子を捩じ入れることでどんどん穴を大きくした。

『はあ…はあ…』

しかしところで、球磨川は冷えた思考回路が出来上がっていた。
彼の今回の現象は、彼が真に過負荷と成り下がったおめでたい出来事ではなく、結局のところの強者の自己満でも天才の気まぐれでもなく、遂には球磨川のどうしようもない過負荷が引き起こした当たり前の出来事でもなかった。いくら阿久根自身の負感情が大きく作用しているとはいえ、あくまでどうやったって自他共認める天才の彼のことだ。これぐらい想定内だったのかもしれない。僕が喜んだり、僕が喚いたり、僕の感情ごとどんな反応するか分かっていたかもしれない。普段は天然たらしだの常識人だの言われ勘違い甚だしい彼だったが、そもそも状況判断力や人間観察力に優れた彼だ。こんな血生臭い状況でさえ、夕食を考えるかのように普通に想像していたかもしれない。
では何故、彼はこんなことを仕向けてきたか。答えは簡単だった。
つまり僕のためだ。
なんてことない、愛する僕を悲しみに突き落としておきながら、実は愛する僕のためだったらしい。
最弱を自負するあんたでも俺を簡単に壊せますよ、と。めだかさんによって壊れ造られた阿久根高貴はあんたに今すぐにだって壊せるんですよ、そうすればあんたはめだかさんに勝ったも同然です、と。言いたかったのだろう。
箱舟時代、球磨川のためと言いながらただひたすら遂行していた命令は、実は自分の居場所をなくしたくなかったからだった。生徒会時代、めだかのためと言いながらただひたすら尽くしていた好意は、実は自分が依存したいだけだった。誰かのため、誰かのためだけに生きようとすると、結局どうやっても自分のためになる。それが的を得た事実であろうと、相手のためになりたかったことさえ囁かながら事実であったはずなのに、自分のためだろ、と突き放されるのは阿久根にとって随分不本意な話だった。
だから、思いきって見た目明らかに自分のために行動してみた。そうすれば巡り廻って球磨川のためにもなる。…随分と利己的な考え方だが。
つまり、自分のためを口実に球磨川のためになりたいかわいい後輩の我が儘であり、かわいい後輩のやさしさだったのだ。

「球磨川さん、大丈夫ですか?そんなに息荒げて喉渇きません?」

『……っ…は……』

「よろしければ、これ飲みます?」

そう言うや否や、球磨川の力では全く動かなかった右手に刺さっている螺子を引っこ抜き、床にゴトリと音を立てて捨てた。
阿久根は球磨川の顎を掴み上を向かせ、ダラダラ流れる左手の血を球磨川の口内へと落としたのだ。

『……ん…』

次々流し飲まされる血液。鉄の味がする。破壊臣として血濡れになってきた阿久根と、負完全として血塗れになってきた球磨川の味だ。血生臭い。抵抗する気もなく垂れ落ちる阿久根の血を静かに飲み込む。不意に球磨川の頬や首に血がかかる。返り血や滴り血で球磨川も阿久根も血だらけだった。

阿久根が球磨川の頬を両手で包む。互いに生気なく、このまま終わりにしてしまってもいいかのような瞳だった。
ほら、また僕のために、だろ。
球磨川は最早もうどうでもよかった。
…ようやく、気付いてしまった。直感した。僕と君。僕等二人の間に正攻法など存在しない。むしろ皆無だよ、皆無。よそよそしい関係で終わってれば良かったんだ。擦れた関係で知らんぷりしてれば良かったんだ。係わり合いが深くなればなるだけ、僕等は想えば想うほど混沌へと墜ちるのだ。
恨むでもなく、嫌うでもなく、憎むでもなく、好むでもなく、愛するでもない。
ただ、僕等は、ただ傍にあるだけで破滅の道を辿る縁だけだったこと。愛するでもない、否、愛することすら赦されないのだ。
球磨川は阿久根の頬を両手で包む。互いに生気なく、このまま終わりにするべきと悟ったかのような瞳だった。

「…俺の血に塗れる球磨川さん、奇麗ですね…」

『…ありがと。最高の侮辱だよ。』

その言葉を聞くや否や、阿久根は嬉しそうに球磨川に笑いかけた。





あとがき
弱い者虐めは止めましょう。





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