▼ 私は…ええと何でしたっけ? (6/7)
「き、記憶が戻るまで…なら……でも、いいんですか?」
「もちろん。でも、名前が無いのは不便だよね……シェスナ」
「へっ?…あ、はいっ!」
話を振られるとは思ってなかった僕はついつい素っ頓狂な声を上げてしまう。
「彼の名前、決めてくれないかな?」
トクン。
と、心臓が高鳴った。
「え…僕が…?」
「シェスナなら、いい名前決めてくれると思うから」
メティロスさんの表情は尚も変わらない。
僕は内心動揺していた。
だって、あの翼の男を一目見たときから、一つの名前が浮かんでいたのだから。
僕の動揺を感じ取ったのか、翼の男が訝し気な視線を向ける。
意を決して、僕はその名を口にした。
「ユーフェル」
翼の男――ユーフェルはキョトンとした顔でこちらを見つめてくる。
なんだ、気に入らないのだろうか?
「な、なんだよ…」
「いえ、なんだかやたらしっくりくるなと思いまして。ユーフェルかあ…」
気に入らなかった訳ではないようだ。
しみじみと、僕がつけた名前を呟く。
「自己紹介がまだだったね、僕はメティロス・カータリア。ここの家主だよ」
「僕はシェスナ・クーウェン。…下宿人同士よろしく」
差し出された手を、ユーフェルは恐る恐る握り返す。
こうしてあいつ――ユーフェルは、カータリアの下宿人に迎えられたのだった。
ちなみに、穴の空いた下宿は、知り合いの大工さんの突貫工事により一ヶ月ほどで元通りになった。
prev / next