カータリアの下宿人 のコピー | ナノ


▼ 私は…ええと何でしたっけ? (5/7)

「わあ…大変なことになってるねぇ」

僕の背後から、台詞の内容とは裏腹に、至って落ち着いた――ともすれば呑気ともとれる――声が発せられた。
カツカツ、とブーツを鳴らし、微笑をたたえながらこちらに歩み寄って来る彼を、僕はよく知っていた。
薄水色の長いくせっ毛のエルフ、下宿"カータリア"その家主であるメティロス・カータリアである。
当然ながら僕は彼に頭が上がらない。
部屋をタダ同然で貸してくれていることもあるが、何より彼は、身寄りの無い僕の育ての親なのだから。

「やあシェスナ、彼は一体何者なんだい?」

僕の元に着いたメティロスさんは変わらぬ笑顔のまま問い掛ける。
余談だが、僕はこの17年間の人生でメティロスさんの笑顔以外の表情を見たことがない。
この人を怒らせたらどうなるか…考えただけでも恐ろしい。

「覚えてないみたいなんです、名前も何も」

「そう」

僕の返答を聞いたメティロスさんは視線を翼の男に移す。
途端に姿勢を正すのがわかった。
初対面でもどこか緊張してしまう、そんな余裕をメティロスさんは持っている。

「君、行くところは、あるかい?」

「い、行くところですか…」

翼の男は返答に吃る。
それはそうだ記憶が無いのだから行くところなんて覚えてないだろう。

「よければ、カータリアの下宿人にならないかい?記憶が戻るまででいい。住まいが無いのにデュムフレイで暮らすのは不便だしね」

「ええっ?!」

ああ、驚いてる驚いてる。
メティロスさんは尚も穏やかな微笑をたたえている。
僕は少し離れた場所でそのやり取りを眺め、微かに苦笑を浮かべた。
興味を持った人を下宿に引き込む、メティロスさんにはそんな癖があるのだ。
おかげさまで"変人ばかりの下宿"なるレッテルを貼られるのである。
それでも、どこかそれを居心地良く感じている自分もどこかにいるのだが。

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