Novel
天然だから性質が悪い

「はあ……買っちゃった……」

旅の途中にふと立ち寄った大きな市場。
そこで買ってしまったちいさな人形を抱きながら、レイラは溜め息をついた。
たしかに市場の賑やかな空気に流されたのもあったし、一緒に買い物をしていたティアそう同意してくれたから、というのもあっただろう。
それでもこんなものを買うより、魔法書のひとつでも買った方が、これからの役に立つことはわかっている。
……わかっていたのだけれど。
しかし、そんな大事な小遣いを回してまで、このちいさな綿と布の塊を買ってしまったことに納得せざるを得ない自分も、たしかにいるのだ。
――だって、この人形はとても、あいつに似ているのだから。無鉄砲で鈍感な、幼馴染のあいつに。
だから市場で見つけたそのとき、つい衝動買いしてしまったのだった。それから宿に戻り、ベッドに横になって、すっかりあたりは暗くなった。
男子二人は別の部屋だし、ティアは今外出中。だからつまり、今この部屋には自分一人なのだ。
腕の中にある人形の大きな瞳を見つめると、自然と顔がほころぶ。……本当に、よく似ているのだ。ついついその瞳に、あいつの澄んだ瞳を重ねる。


「……アンタの前なら、なんだかいつもより上手く話せそう」

人形の頬をつんつんとつつきながら、ぽつりと呟く。
素直じゃないのは生まれつきだ。それをもどかしく思うことだってないわけじゃない。
だけど今なら、いつも言いたいことを、いつも伝えたいことを、いつも言葉にできない何かを、ちゃんと言葉に出来る気がするのだ。
――そう、予行練習だ。いつかきちんと、本当にあいつに伝えるための。
そう思って、レイラは口を開いた。
ありったけの思いを込めて。

「……いつも、ありがとね」

「何がだ?」
「ええっ!!?」

急に聞きなれた声がして振り返ると、いつの間にか開かれた扉の向こうに、あいつが――ロランが、立っていた。
思わず、いつものように強い口調で責めるように言葉を返してしまう。

「ノノノ、ノックくらいしなさいよ!!」
「したよ!お前が気づかないからしょうがなく開けたんだ!」
「〜〜〜っ!!」

カッと頬が火照るのを感じる。
……もし、さっきの言葉を聞かれていたら。
しかも、思い返せば人形を買ったことはロランに言ってなかった。
ロランそっくりの人形にこっそり話しかけている自分、なんて。恥ずかしい。恥ずかしすぎる。
なんだか様子のおかしいレイラに、ロランが声をかける。

「お前顔赤いぞ?もしかして熱でもあるんじゃ――」
「そうじゃなくて!」
「そ、そうか……ならよかっ……」
「ロラン!!」
「な、なんだよ!」

凄まじい剣幕でロランに迫るレイラ。
頬が赤いことを指摘され、恥ずかしさの限界などはとっくに超えてしまっていた。
ロランはわけがわからないという風に、困り眉でちいさく首をかしげている。

「さ、……さっき」
「え?」
「さっき!私が言ってたこと、聞いてなかったわよね!?」

問いかけ半分怒り半分といった口調のレイラに対して、まったく状況の飲み込めないロランは、その澄んだ目をぱちくりさせながら、答える。

「いや、だからなんのことかって」
「……はあ、よかった」

レイラはほっと、胸を撫で下ろす。
気が緩んでそのまま、腕の中のものをぎゅっと抱きしめた。

「……?何抱えてんだ?」
「へ?って、あああっ!!」

それに気づいたロランが、レイラの腕の中を覗き込む。

「人形?ああ、今日買ったのか……って、これもしかして俺?」
「……っ!あーっ、もう!そうよ市場で見つけたのよ今日買っちゃったのよアンタに似てたのよ悪い!!?」

隠し切れずに自棄になったレイラは、一息でまくし立てるように言葉を吐くと、更に赤くなった顔を隠すように、布団の中に顔を埋めた。自分の鼓動がうるさくてうるさくて、仕方がない。ロランに聞こえたらどうしよう、なんて、ありえない心配をするくらいに。
……なかなか返ってこないロランの言葉に、もしかして気持ち悪がられたかな、なんて、悪い方に悪い方に考えてしまう。

「悪くなんかねーよ。ありがとな」
「……へ?」

自分の考えていたような最悪の展開ではなかった安心感よりも、その予想外の感謝の言葉に、驚いたレイラは思わず布団から顔を出した。
目があったロランは、こともなさげにその感謝の理由を言ってのける。

「だって、俺に似てるの見つけたから買ってくれたんだろ?」
「…………そう、だけど」
「だったら嬉しいよ。ありがとう」

いつものような屈託のない笑みで、なんでもないように言うロラン。
その素直な笑顔が眩しくて、ふっと目をそらしてしまった。
……あたしがいっつも言えない一言を、アンタはそんな簡単に言えちゃうんだ……なんだか羨ましい。
でも。
でも、そんなことより、今のこの気持ちは。
この甘ったるい感情は。

「じゃあお礼に、今度レイラに似てるやつ見つけたら買っといてやんなきゃな!」
「な……っ、バ、バッカじゃないの!?」

名案だろ、とでも言いたげなロランの提案に、また顔が熱くなる。
……天然でこんな発言をするのだから性質がわるいのだ、この鈍感な幼馴染は。

「〜〜〜〜っ!!もう、ロランの鈍感!!」

真っ赤な顔のレイラに、全力で部屋から追い出されるロラン。
その勢いのままに扉の鍵を閉め、レイラはベッドにダイブした。

「……も〜〜〜……っ」

足をバタバタさせながら、また溜め息をつく。今度は、さっきよりずっとずっと、熱い。
……ああ、悔しいな。また一本とられた。
でも、それ以上に、この胸いっぱいに広がる甘い甘い感情は、どう考えても嬉しさ以外の何物でもなくて。
これが惚れた弱みなのかな。などと、思ってしまった。
コンコンと――いやガンガンと、ドアから聞こえる激しいノックの音は気にしない。
それより何より、今はこの鼓動をどうやって鎮めるかが先だった。


「あーもう、だからなんなんだよ!おいレイラ!レイラー!!」

……一方、閉め出しを喰らったロランは、何でレイラは怒ってるんだ?しばらく首をかしげていた、という。



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -