2012.11.14.Wednesday
「…………ん…。」
閉めたカーテンの隙間から僅かに漏れる日の光で目を覚ます。
二、三回瞬きを繰り返した後、向くりと起き上がり思い切り伸びをした。
それから部屋の空気を入れ換えるため窓を開ける。
まだ春先の涼やかな風が少年の紫の髪を撫でた。
軽く布団を整え身の回りの整頓をしてから、はしごを伝い下へ降りる。
料理、洗濯、掃除、母親が亡くなってから家事全般はこの少年――レックスの仕事となっていた。
今は父も兄も漁の為、家を留守にしている。
だが家の中にはレックスだけという訳ではない。
慣れた手つきで二人分の朝食をテーブルに並べると、まだ寝ているであろう自身の師の名を呼んだ。
「マスター! ご飯できましたよー!!」
「……なんだレックス………ああ、飯か」
寝癖でボサボサになった金髪をただそうともせずに全身に寝不足オーラを纏った女性が家の奥から現れた。
「マスター、また夜中まで何かやってたんですか?」
「……仕方がなかろう…ジェイクの奴がついでにと興味深い書物を大量に仕入れてきたのだから。」
「あれ全部読んだんですか!?」
「まけにまけろとせがんだら、今日中に全部読めたらタダにすると言ってきたからな。……私に勝負を挑むとは愚かなやつめ。」
クックックッ…と不気味な笑い方をしながら朝食のハムエッグを突く。
そんな師匠を見、レックスは心の中でジェイクを哀れみながらこんがり焼けたトーストをかじった。
「マスター!!レックス!!……昨日の本………」
家に入ってくるなり開口一番そう叫んだ茶髪で眼鏡の男性は途中で口ごもる。
それはそうだ、目の前で金髪の女性が悪い笑顔を、ついでに目の下にクマを浮かべながらこちらを見ていたのだから。
「私の勝ちだなジェイク。」
「くっ…マスターに賭けを挑んだのが間違いだったか……。」
玄関口でうなだれるジェイクにレックスは駆け寄り、労いの言葉をかける――のではなく、ジェイクの肩を乱暴に掴むと興奮を抑えられないといった様子で叫んだ。
「ジェイクさん、本当に連れてってくれるんですよね?!」
「……ああ、あのことか。何を今更。もちろん連れてってやるさ。――タルシスに。」
瞬間レックスの目が輝く。
「ずいぶんご機嫌じゃないか。」
「だって、ずっとあいつと約束してたんですよ?! ……そういえばあいつは?」
言った瞬間額に柔らかい衝撃が走る。
すぐにそれが何か理解し、ポンッと間抜けな音を立てながら作り物の矢を引きはがした。
「おい、レックス!! 今のが真矢だったら死んでたぞ?」
「…デュラン。」
いつの間にか屋根に張り付いていた幼馴染みの名をため息まじりに呟く。
デュランはケラケラ笑いながら器用に屋根から飛び降りた。
「デュラン、ギズも連れていくの!?」
「なに言ってんだ、ギズは俺の唯一の家族だぜ?俺がいなきゃ生きてけないだろ。」
飛び降りたデュランは大きなリュックサックを担いでいた。
中から桃色の大きなネズミが顔を覗かせている。
このネズミは「森ネズミ」といって、この村の近くに多く生息しているモンスターだ。
そのモンスターにデュランはどうやったのか知らないが非常に懐かれており、"ギズ"と名前をつけて可愛いがっている。
ギズが無害な生き物であることはレックスも承知のことだが、これからいくであろうタルシスではそうはいかないかもしれない。
「まあ、なんか問題あったら俺が全力で止めてやるよ。」
ニッと笑うデュランにこれ以上説得は無駄だなとレックスは悟った。
「じゃあ準備が出来たらこいよ、村の入り口で待ってるからな。」
そういって去るジェイクを見送りながら、レックスはマスターに尋ねる。
「マスターは行かなくていいんですか?」
「何故私が?」
「その…マスターは元冒険者かと思っていたんですが……違いました?」
マスターはもともとこの村の住民ではない。
魔物に襲われていた自分を助けてもらったことがきっかけで村に滞在してもらっていた。
「ああ、まあ暇だったからな。」
「"暇だったから"って…」
「だが今回は遠慮させてもらうぞ。ここの村の魚は美味いし、なによりタルシスまでの外出は面倒臭い。」
マスターらしい理由にレックスは肩を竦める。
「いこうぜ、レックス。」
「あ、うん。じゃあマスターウチを頼みますね。」
既に外に出て手を振っているデュランに大声で呼ばれる。
去り際にマスターに言づてをし、マスターはデュランと共にタルシスに行くべく村の入り口へと走り出した。
「……元冒険者………ね。」
レックスが出ていったあとの玄関を目を細めて見ながらマスターはぽつりと呟いた。
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