あの日から一週間。あの日って別に変な意味じゃなくて、土方さんの元から走り去った日。家まで全力疾走したお陰で苦しくて苦しくて道中涙は出なかった。もちろん帰ってからは泣いた。わんわん泣いた。近所迷惑だったに違いない。一通り泣いて寝入ったけど、感傷に浸る暇もなく、起きて仕事に向かってみれば、常連さんに、あれ?いつもより目が腫れぼったいねなんて言われたりしてね。いつもよりって何だよ。いつも腫れぼったい目してるってか!いや、それはどうでもいいけれども。銀さんに頼み込んでおきながら勝手に帰るなんて随分自分勝手だなぁって今更反省してる。私が帰った後どうなったのか知る由しもないのだけど。今日まで私の元に誰も訪ねてくる事はなかったし。今日まではね。
「旦那ぁー、もうちょっとそっち行って下せぇ。ここは俺の昼寝用の長椅子でさァ」
「誰が決めたんですかァ?あっち空いてるんだからあっち行けよ」
「店先で喧嘩しないで下さいよ…」
よりによって何故この二人が同じタイミングで店を訪れたのだろうか。打ち合わせでもしていたかのようなタイミングでしたけども。どうやら偶然らしい。恐ろしい偶然ですね。
既に団子を食べ終えた沖田さんはいつもの長椅子に横になり昼寝の体勢を取っている。銀さんはというと、団子二皿目に突入した。
「ちなみに沖田さんの昼寝用じゃないですからね、その長椅子」
「どうせ客なんて来ねぇんだから俺専用みたいなモンだろうが」
「おい、失礼でしょうが。出禁にしますよ」
「ダメだよー。総一郎君。そういう本当の事はオブラートに包まないと」
「お前も出禁にすんぞ」
少し、ほんの少し、身構えていたのだけど、どうやらその必要はなかったらしい。二人は普段通りだ。暇を潰しに此処へやって来て団子を食べて、いつも通りだ。つーか、働けよ。
ふぅ、と溜め息を吐いたのも束の間、そんな空気を破ったのは銀さんだった。
「そういえば名前ちゃんさー、この前は先に帰っちゃうなんて銀さん寂しかったんですけどー。用事が出来たならせめて一言声かけてくれればいいのに」
「え、あ、す、すみませんでした…」
銀さんは拗ねたように口先を尖らせている。完全に油断していた私は背中にぶわっと嫌な汗をかいた。しかし、用事って何だ?きっとあの後、みんなに合流した土方さんが誤魔化してくれたのだろう。まぁ、ありのままを伝える訳にはいかないと思うし。思い出したらギュッと胸が痛くなった。苦しい。
「で、何があったの」
「用事…の件じゃないですよね…」
銀さんにそんな嘘は通用しなかったのだろう。恐らく沖田さんにも。だからこそこの二人は今此処に居るのだろう。二人は協力者なのだ。正直に、話すべき…だよね。
「土方さんは何て言ってました?」
「急用が出来たから先に帰るって言って帰っただとよ」
「そう、ですか」
胸が痛い。ギュッと締め付けられるようだ。まだ一週間しか経っていないんだもの。気持ちの整理なんてつくはずがない。ただ仕事に没頭して考えないようにしてたから、整理はつけれていないのだけど。
「私、告白…したんです」
「そりゃァ、頑張ったじゃねぇか」
「違うんです。つい、ポロっと言ってしまって。そんなつもりはなかったのに」
目元が熱くなった。堪えろ。今は仕事中だ。グッと下唇を噛む。
「いつかは気持ちを告げたいと思ってましたが、衝動的に言ってしまって…仲を深めてから告げても答えは変わらなかったのかもしれません。でも、振ら、うっ、振られ」
「あーはいはい。もう言うな。分かったからよ」
二皿目の団子を食べ終えたらしい銀さんは、立ち上がってぽんぽんと私の背中を叩く。甘い香りがする。違うのに。全然違うのに、土方さんの香りが、煙草の香りが思い出される。抱き締められた時の感触が。
「一回振られたからってよォ、諦める必要はねぇんじゃねーの」
「そう、思いたいけど、昔から…好きな人がいるみたいなんです」
「あの野郎…」
昼寝をしていたはずの沖田さんがそう言いながら起き上った。明らかに不快感を露わにした表情だ。まさかあれか。三角関係的なあれですか。思わずゴクリと唾を飲み込む。だってこんな沖田さん見た事ない。
「お、沖田さんも知ってる方なんですか?」
「多分相手は俺の姉上だ。認めたくはねぇが」
「そうなんですか…」
それを聞いて私は戦意を喪失した。だって沖田さんのお姉さんって絶対美人じゃん。敵う訳ないじゃん。何だ。やっぱり最初から負け戦だったんじゃないか。馬鹿らしい。惚れた方が負けって良く言うけど、違う意味で私は土方さんに一目惚れした瞬間から負けていたんだ。
「おい名前」
「なんでしょうか…」
打ちひしがれている私に沖田さんは言う。まだ不快感を露わにした表情を張り付けて。
「お前絶対あのマヨラー野郎をモノにしろ」
「………はい?」
ドSは茨の道を進む
何言ってんだこのドS王子。
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