神楽ちゃんのあの言葉で私の中では気まずい空気が流れている。あくまで私の中では。だって、歩き始めてから会話無いし。隣に並ぶの恥ずかしいから、少し後ろ歩いてるし。土方さんの顔見えないし。でもこんな沈黙も悪くない。二人で居れるだけでそりゃあもう大満足ですし。贅沢は言わない。
「おい」
「ひぁひゃい!」
「…どうした?」
「いや、すみません。思わず噛んでしまいました。何でしょうか」
「何か食いたいモンねぇか。付き合わせちまったし。好きなモン言ってくれや」
「えっ、あ、ありがとうございます。じゃぁ、とりあえず少し座りませんか?」
近くにあった長椅子を指すと、土方さんはそうだな、と言って長椅子に腰を下ろした。続いて私も腰を下ろす。土方さんの隣に。自分で言い出しといてあれだけど、メッチャ緊張する。
「毎日大変ですね。お仕事」
「そりゃお互い様だろ」
「いやいや、私はただの団子屋ですし」
「団子屋だって立派な仕事だろ」
「ありがとう、ございます…」
照れる。そんな風に言われた事なかった。しかも、土方さんが言ってくれるなんて。ちょっと体温が上がった気がした。嬉しいな。嬉しいな。私はこの時点でかなり舞い上がってしまっていたんだ。
その後も他愛もない話しをしながら時間を過ごして、私は土方さんがますます好きになった。この人を好きになって良かったと思った。
「そろそろ戻るか」
「そうですね」
「総悟が心配だしな」
「あはは」
「…ん?」
立ち上がって伸びをしたのも束の間、土方さんが顔をしかめる。途端、隠れろと言って私の手を引いた。
「きゃっ」
一瞬の出来事に私の頭は全く回っていない。今分かるのは、私が土方さんに抱き締められてるって事。長椅子の近くの木の陰に隠れる形で。
「ひ、土方さん」
「しっ。黙ってろ」
心臓がバクバクと音を立てて、体温がどんどん上昇する。どうしよう。土方さんに聞こえちゃう!そんな心配をよそに土方さんは一点を注意深く見つめている。
私はまさかこんな展開になるなんて思ってもみなくて、ただ土方さんと親しくなれたら、そう思ってただけなのに。少し、下心もあったけれども!
「行ったか」
「あのっ、ひじ、かたさん」
「おう、すまねえ」
私を抱き締めていた手が離された。名残惜しい。もっと抱き締めて欲しい、もっと触って欲しい。私の中の下心がむくむくと大きくなり、私は舞い上がっていたんだ。理由は何であれ土方さんが抱き締めてくれたという事実に。
「土方さん、貴方が好きです」
気付いた時には遅かった。口からするっと言葉が出ていた。上昇していた体温が一気に下がるのが分かる。ああ。私は何で口に出してしまったのだろうか。こんなはずじゃなかったのに!
「あ、い、今のは、その」
「…すまねえが、あんたの気持には、応えられねえ」
「あ、すみま、せん」
「あんたが謝る事ァねえよ。ただ、今も昔も…いや、何でもねえ」
「…好きな人がいるんですね」
その問いに土方さんの返答はなかった。私は居た堪れなくなって。悲しくて。恥ずかしくて。苦しくて。
「…帰ります。ありがとうございました!」
「あ、おいっ」
土方さんに背中を向けて走り出す。振り返らずにただ走る。前だけを向いて。
タイムマシーンを探しに行ってくる
馬鹿だなぁ、私は。
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