子供の頃、次の日の予定が楽しみで眠れなかった、という体験をした事がある。興奮して、眠れない。というやつだ。
つい昨日それを久しぶりに体験した。寝ようと思っているのに目を瞑っても色々考えてしまって全然寝られなかった。結局寝付いたのは朝方。しかし、興奮して寝られなかったという訳ではない。緊張、だ。私は緊張していたんだ。いや、緊張している。今現在。


「名前ー!」

「名前さーん!」


名前を呼ばれてドキッとした。緊張し過ぎでしょこれ!じっとりと手汗をかいてるのに気付かないふりをして顔を上げる。大きく手を振ってる神楽ちゃんと新八君が駆けてくる。そしてその後ろにダルそうな銀さん。


「すみません。お待たせしました」

「全然待ってないよ!今来たとこだし!逆に来てくれてありがとうね」

「いえいえ!誘ってもらえなかったら来なかったと思いますから」

「そうアル!名前のお陰で天パが重い腰を上げたネ!」

「おーい。そういう事言っていいのかー?小遣いやんねーぞ」


ギャーギャーと言い合いを始めた神楽ちゃんと銀さんを眺めながら私と新八君は苦笑いを浮かべる。「こんなのと一緒に縁日とか本当にいいんですか?」と心配そうに確認してくる新八君。いいんですか、と言うか本当にありがたいんですけども!私的には。
沖田さんの提案通り、後日万事屋を訪ねて「みんなで一緒に縁日に行きませんか」と誘ったのだ。沖田さんの言った通り、神楽ちゃんと新八君は二つ返事でOKだったのだが、銀さんは「おーいいじゃねーか。三人で行ってこいよ」と行く気はさらさらない返事だった。普通に行くなら三人でも構わないんだけど、今回、私には目的がある訳で。途中で神楽ちゃんと新八君だけを残して別れるなんてそんな事出来るはずがない。保護者的な意味で。誘っておいてあとで別れるとかあれだけども。なので、銀さんにはしっかり理由を説明した。説明すると銀さんはしばらく考えてから「しょーがねぇなぁ」と了承してくれたのだった。


「似合うじゃねーか。その着物」

「そ、そうかな?」

「おう。可愛い」

「あ、ありがとう」


いつの間にか銀さんと神楽ちゃんの言い合いは終わっていて、いつも通り死んだ魚のような目をして銀さんは私を見ていた。神楽ちゃんはちゃんとお小遣いを貰ったらしい。新八君と近くの焼きそばの屋台前ではしゃいでいる。
それにしてもまさか銀さんの口から可愛いなんて単語を聞くなんて思わなかった。むしろ可愛いなんて言われると思わなかった。いつもより明るい色の着物を着てちょこっと化粧をしてみたのだけど、ちょっとくすぐったいというか普通に恥ずかしいな。もしかしたら顔が赤くなってるかも。薄暗いから分からないだろうけど。


「で、どうすりゃいいの?」

「えっと、沖田さんのところに…来ればどうにかするって言われてるんだけど」

「りょーかい」


おめーら行くぞー、と新八君と神楽ちゃんに声をかけ歩き出した銀さんに続く。あー、またドキドキしてきた。大丈夫かな。沖田さんはどうするつもりなんだろう。緊張。不安。そして少しの期待。土方さんも可愛いって言ってくれたら嬉しいのにな、なんて。そんな事言われたらまともでいられないと思うけどね!


「つーか何処に居んのあいつ等」

「…さぁ」

「おい、聞いてねぇのかよ」

「聞いてなかった」

「ま、そのうち会えるか」

「そうだね」


そう言えば、何処に居るのかとか全然聞いてなかった。もう私舞い上がっちゃってたもんね…。多分焦るべきところなんだろうけど、銀さんと居れば何とかなる気がして妙に落ち着いてる。不思議。
だけど、あれ、もしかして沖田さんの冗談…じゃない、よね。貸し云々言ってたけども、俺は情報を提供してやっただけですぅ的なあれじゃないよね?だから何処に居るか教えてくれなかったとか…。まさか。


「お、あれじゃね?」

「あっ、本当だ」


しばらく歩くと沖田さんに会えた。良かった…!一瞬嫌な考えが過ったけど無事沖田さん発見!そこは中心部で、凄く賑わっていた。屋台も人もたくさん。こんなところで護衛だなんて…。土方さんって副長じゃん?沖田さんがどう考えてるか分からないけど、良いのかな。え、どうしよう。


「おーい、総一郎くーん」


現状を見て尻込みした私に気付かず銀さんは沖田さんに声をかける。その声でこちらに気付いた沖田さんは「おー旦那じゃないですかーぐぅぜーん」と抑揚なく言って近付いてきた。そして目線が銀さんから移る。多分私を見てるんだと思う。一瞬、ほんの一瞬だけ目を見開いてすぐいつもの憎たらしい顔に戻った。思い出されるのは「思いっきり笑ってやりまさぁ」という言葉。わ、笑うなら笑いやがれ!


「まぁ、いいんじゃねーですかぃ」

「…そりゃどうも」


にやり、と笑って言われた言葉に少し照れた。てっきり大笑いされるもんだと思ってたから。全く褒められて気はしないけどね!多分褒められてないけど。まぁこれは沖田さんのお墨付きって事でいいのかな。
と、そんな事より、私はこれからどうすればいいのでしょうか。沖田さんはどう考えてるのか。これを沖田さんに聞こうと思った時だった。沖田さんの後方から見慣れた人。その姿にドキッ、と心臓が音をたてた気がした。


「おー!万事屋じゃねーか」

「あ、近藤さん。と土方」

「呼び捨てにしてんじゃねぇぞこら」

「お前らも縁日か」

「まぁな。つーか話しかけんな。そんな暇あるなら働けよ」

「お前に働けなんて言われたくねーんだけど」

「んだとこら」


まぁまぁ、と睨み合ってる銀さんと土方さんを制する近藤さんと呼ばれた人。罵り合う沖田さんと神楽ちゃん。それを止める新八君。え、何これ。この人達は仲が良いの?悪いの?よく分からない関係だ。それにしても土方さんやっぱりカッコいいな。
しばらくみんなのやり取りを見ながら、まぁ主に土方さんを見てたんですけど、何か視線を感じるなーと思ったら近藤さんと呼ばれていた人がジーッと私を見ていた。そして、うんうんと何か合点がいったように頷いて近付いてくる。えっ。


「もしや貴女は名前さん、ですかな?団子屋の」

「そ、そうですけど」

「やっぱり!聞いていた通り可愛いお嬢さんだ」

「え、あ、ありがとう、ございます」

「私、真選組局長の近藤と言います。いつも総悟がお世話になってるようで」

「あ、局長さんっ!?いえ、こちらこそっ」

「いやー、何度か総悟が土産で持ち帰った団子を頂きましたが絶品ですなぁ。今度私も店に伺ってよろしいでしょうか」

「は、はい!是非!お待ちしております」


がっはっはっ、と豪快に笑いう近藤さんに思わず頭を下げた。まさかこの人が局長さんだったなんて。こんなゴリ…何でもない。
というか、沖田さんは何を話しているんだ。可愛いお嬢さんって…。まさか土方さんが…ってないよね。ないない。いくら何でもこの考えは都合良過ぎる。


「そういや近藤さん。そろそろ土方に休憩やってもいいんじゃないすかねぃ」

「ん?おう、そうだな」

「あ?別に休憩なんか、」

「おい名前、一緒に行って来い」

「えっ、わた、」

「一人じゃ休憩取りたがらないと思うんで、誰か居ねぇと。俺はパス」

「おお!それがいい!誰かと言っても隊士とでは休んだ気にならんだろうし。名前さん、お願い出来ますかな?」

「あ、わた、私で、良ければ」

「おい、だから休憩なんていらねぇーよ!大体万事屋と来たんじゃ」

「俺ァ餓鬼のお守で手いっぱいでよ。来たのはいいものの名前ちゃん一人にしちゃいそうなとこだったんだわ。いやー良かった良かった。つー訳で多串君よろしく」

「ちょ、おい」


何だこの連携プレイ。打ち合わせでもしてたような華麗な連携だった。近藤さんは何も知らないんだろうけど。それにしても休憩いらないなんてどんだけ仕事熱心なんだ土方さんは。なんて思っていると「総悟サボんじゃねぇぞ」と睨みをきかせた。そういう事か。そりゃ、休憩いらないって言いたくもなるよな。


「はぁ、しゃーねぇ。じゃ行くか」

「は、はい!」


観念したらしい土方さんはそう言って歩き出した。私もそれに続く。
後ろからは、いってらっしゃーい!だの、土方死ねー、だの、ゆっくりでいいからなー!だの聞こえてきた。明らかに暴言が混ざっているけども。
振り返って小さく手を振る。ありがとう、沖田さん。ありがとう、銀さん。私、頑張ります!と密かに決心した。のだけど、神楽ちゃんの言葉に私の決心はあっさりと砕け散ったのだった。


「名前ー!男は野獣ネー!嫌なら嫌って言うアルよー!逃げる時は急所を蹴ればいいアル!急所はこかー」

「神楽ちゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!!」



緊張って案外最初だけ



神楽ちゃん…私達は何をしに行くと思ってるんだろう。そう思ったのは私だけじゃないと思う。



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