私はね、たくさん話をして、お互いの事を知って親しくなって、後々は恋人という関係になりたいなー。という幸せな未来予想図を思い描いていた訳ですよ。もちろん相手は土方さんで。
それなのに何が悲しくてこんな事になっているんですか。


「名前、茶」

「…はいはい」


何だこの長年連れ添った夫婦のようなやり取りは。「早くしやがれ」と差し出された湯のみを受け取ってコポコポとお変わりを注ぐ。あー、もう。無性にイラッとくる。


「はいどーぞ!沖田さん!」


ドンッ!と勢い良く湯のみを置くと「あちっ!」と聞こえた。へへ。ざまあみろ。
何の間違いか、今、目の前に居るのは沖田さんである。あの、もう二度と来て欲しくないと思った男である。
二度どころか、土方さんと一緒に店に来た翌日からこの男は頻繁に店に来るようになった。しかも一人で。多い時は一日数回店に来て団子を食べたり、店先の長椅子で寝ていたりする。一日の大半を店先で寝て過ごしているという事も多々ある。…お前仕事しろよ。
土方さんは、と言えば、この男が仕事をサボっている分忙しいのだろう。副長、という役職もある。あの日から数えられる程しか来てくれていない。おまけに来てくれたとしても必ず誰かと同伴で、団子を食べお茶を飲むと帰っていくから、二人きりで尚且つゆっくり話をした事はない。少しの時間であっても来てくれるだけで嬉しいのだけれど。
だから不本意ながら土方さんよりもほぼ毎日店に来る沖田さんとの方が親しくなってしまった。


「おい、お前いつから俺にこんな態度取れるようになったんでぃ。沖田様は神様だろ」

「お客様は神様ですけど、沖田さんは神様ではありません」

「へー。そういう事言って良いんですかねぃ」


そう言うと沖田さんはニヤリと笑ってどこから出したのか拡声器を構える。え、何ですか。というか、本当どこから出したのそれ。


「みんなー、聞いてくれー。この女は真選組、鬼の副長こと土方十四郎の事を好ー」

「ぎゃぁぁぁぁぁああ!!」


ちょ!何言ってくれちゃってんのこの人!思わず拡声器から発せられる音よりも大きな声を出して拡声器に飛び付いた。マジふざけんなよ!拡声器を抱え込みながら睨みつけた沖田さんは、それはもう楽しそうな笑みを浮かべていた。


「何か言う事があるんじゃないですかぃ?」

「…すみませんでした」


くそぅ!何でこんな男に謝らなきゃいけないんだ!と思ってみても体はしっかりと土下座までしている。屈辱…!
言っておくが私は自分から沖田さんに土方さんを好いていると言ってはいない。むしろ口が裂けても言うはずがない。それなのにも関わらず勘が鋭いのか何なのか沖田さんは土方さんと店に来た翌日、店に来て早々、前々から知ってましたと言わんばかりに、愛しの土方さんなら今日は来やせんぜー、とニヤリと笑ってみせたのだ。その時、私がうっかり動揺してしまったせいで確信を得られてしまったようだけど。


「あんなマヨラーのどこが良いんだかねー」


沖田さんより何倍も素敵な人ですっ!と言いたいのをグッと堪える。言ってしまったらさっきの二の舞だ。
とは、言ってみても私は土方さんの事を全くと言って良い程知らない。沖田さんは私が土方さんを好いていると知っているからと言って、土方さんの事を教えてくれる訳でもなく、ただからかう材料なだけ。実際のところ、沖田さんより素敵かどうかなんて分からないのだ。いやでも、沖田さんを素敵だと思った事はないのだけれど。


「そうだ。面白そうなんで、アンタに良い事教えてやりまさぁ」

「…何ですか」


突然思い出したかのように言った沖田さんは今日見せた中で一番の不気味な笑みを浮かべていた。面白そう、って何だ。嫌な予感がするんですけど。でも良い事ても言ってるからには良い事なんだろう。とりあえず、耳を傾ける。


「もうすぐ縁日があるんですがね」

「縁日ですか」

「色んな催し物があるんで上様も出掛けるんでさぁ」

「へー。上様も」

「意味、分かりやすか?」

「は?何の?」


そう言った私に沖田さんは、分かんねーのかよ、と言いたげな呆れた表情を向ける。だってそんな、意味、と言われても…何の?上様が見物に行くくらい凄い催し物だって事?
うーん、と唸るだけの私に沖田さんは溜め息を吐くと「馬鹿女」と言った。何だと!失礼な!


「上様が出掛けるんですぜぃ?必ず護衛として俺達が駆り出される事になるって事だろ。分かれよ馬鹿女」

「知らないよ!そんな!」

「…まだ分かんねーんですかぃ?」

「だから何が!」

「土方さんに会えるって事でさぁ」

「えっ…!」


土方さんに会える…!そうか!そういう事か!しかしなんて回りくどい教え方なんだ。最初から簡単に言ってくれたら良かったのに!だけどそんな沖田さんへの文句は後回しだ。今は土方さんに会えるという期待で胸が膨らむばかり。


「精一杯めかし込んで土方さんに会いに来て下せぇ。思いっきり笑ってやりまさぁ」

「でも、ほら、護衛でしょ?仕事中なのに話掛けるのもあれだし、一人で行ってもあれだし、って言うか、土方さん目的で行くとか私まるでストーカーみたいじゃない…」

「だったら万事屋の旦那に頼めば良いんじゃないですかぃ?旦那はともかくあそこの餓鬼共なら喜んで付いてきやすぜ」

「でも…」

「しょーがねぇんで、俺が図ってやりまさぁ」

「えっ!」

「どうにかして土方さんとアンタが一緒に過ごせる時間作ってやるって言ってんでぃ。土方さんが居ない方が俺としてはやり易いんでね」

「マジでか!!」


嘘だ。まさか沖田さんが!そんなまさか!でも嘘ではなさそうだ。だって沖田さんの顔が凄く得意気なんだもん。いつもなら憎たらしく思える沖田さんの得意気な顔が今日は凄く素敵に見える。私、初めて沖田さんを素敵だと思った。


「この貸しは高く付くぜぃ」


もうこの際、この貸しがどれだけ高く付いたって良いよ!
土方さんと一緒に居れるなら!



恋する乙女は止まらない



「ありがとう沖田様ぁぁぁぁぁぁあ!」

「…うっぜぇ」



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