口約通り、ある日土方さんは仕事の休憩を利用して店を訪れてくれた。
まさか本当に来てくれるなんて…!いや、別に土方さんが口約束だとしても約束を守らないようなお方だとは微塵も思っていなかったけどね!
きゃぁぁぁあ!土方さん!来て下さったんですね!嬉しい!お待ちしておりました!お会いしたかったです!なんて思っていたのに口に出せなかった私はチキンである。


「い、いいいいいいらっしゃいませ」


おまけに緊張のし過ぎで噛み噛みな上にお茶を出す手がガタガタと震えた私。
こんなの初めてだ。働き出して今まで一度だってこんな事なかったのに。恋した相手を目の前にするとこんな事が起こるなんて…恋って恐ろしい。


「何でィ。ガタガタ震えちまって。具合でも悪いんですかィ?」

「…あ、はは。ちょっと寒いなぁ、なんて」


ちなみに、来てくれたのは土方さんだけではない。この前も一緒だった総悟と名乗った人も一緒だ。足を運んでもらっておいて失礼だけど、来てくれたのが土方さんだけだったらもっと嬉しかったのに。だって二人っきりだし?誰にも邪魔されず二人でゆっくり話が出来るじゃありませんか!今の状態でまともに話が出来るかどうかは怪しいところだけど。
えっ?他にお客さんが来るだろうって?大丈夫!そんなに頻繁にお客さんなんて来ないから!だから総悟って人が居なかったら二人っきりになれたはずなんですよ!アハハ!…って笑えない。よくよく考えたら笑えない。お客さん来ないなんて商売になんないじゃないの。店潰れちゃうじゃないの。まぁ、そんな事は私が気にするような事じゃない気がするから気にしない事にしよう。
とにかく、二人っきりになれないのは残念だけど土方さんにまた会えたんだもの。他に誰かが居たって良しとしようじゃないか。


「寒い、ねぇ。そりゃぁおかしな話でさァ。だってアンタ、これでもかって程脂肪という名の防寒具を着込んでるじゃありやせんか。寒いはずがねぇ」

「ちょっ!はぁ!?」

「おい、総悟」

「おっといけね。つい」

「ついじゃねーよ。失礼だろうが。まったく…すまねぇな」

「いえ…」


前言撤回。総悟って奴、今すぐ帰れ。土方さんを残して一人で帰れ。そして二度と来るな。まったくなんて失礼な奴なんだ!ちょっと顔が良いからって何でも許してもらえると思うなよ!私はそんなに甘くないんだからね!
もしかして、土方さんは毎回こんな風にこの人の尻拭いをしているんだろうか。だとしたら物凄く苦労しているんじゃなかろうか。可哀相。同情する。でも慌てず騒がず冷静に対処する土方さん、素敵です!


「ほら、総悟もちゃんと謝れ」

「つい本音が出ちまったんでさァ。すいやせんでした。謝ってやってんだ感謝しろよコノヤロー」

「総悟ォォォォォォオオ!!」


やっぱ帰れ。素敵な土方さんに免じても許してなんかやるもんか。
その後、二人は小競り合いを始めた。物凄い形相の土方さんと飄々としている総悟って人。二人の間に入っていける訳もなく黙ってそれを見ていて思ったんだけど、緊張が少し和らいだ気がする。悔しいけど、悔しいけど!総悟って人のお陰かもしれない。と思った。


「ったく。遊んでる暇なんてねーんだ。もう行くぞ」

「何言ってるんでィ。楽しんでたくせに」

「楽しんでねぇよ!!」


どうやら小競り合いは終わったらしい。終わったのは良いもののもう行くだなんて。お茶を飲んだだけじゃないですか。もう少し居て欲しい。もちろん居て欲しいのは土方さんだけだけど。
でも、彼らにだって仕事がある。どこかの天然パーマと違ってダラダラ長居する訳にはいかないんだよね。


「騒いじまって悪かったな」

「いえ。大丈夫です。お仕事頑張って下さいね」

「あぁ。ありがとよ。総悟!行くぞ」

「へーい」


この前と同じように歩いていく二人の背中を見送った。そう、同じように。
ただ一つ、私の気持ちを除いては。
前回はまた会える事を期待していた。今回は、寂しく思う。もっと一緒に居たかった。もっと話をしたかった。それと、もう来てくれる事はないんじゃないか。という不安。
本当にこんな気持ち初めてだ。恋って恐ろしい。


「また来て下さいねー!お待ちしてますからー!」


叫んで、ブンブンと手を振る。
土方さんがまた来てくれますようにと願いを込めて。


「今度はちゃんと団子食いに来まさァー!」


いや、お前じゃないんだけど。



見てる奴は見ている。気を付けろ!



その時奴が浮かべた不気味な笑みに、私は気付く事がなかった。



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