オヤジ達に絡まれた、いや、襲われた日、あの人に助けてもらったその日から寝ても覚めてもあの人の事ばかり考えてしまう自分が居る。
仕事の事しかなかった頭の中が今では八割方あの人に占拠されている。
おかしいおかしいおかしい。どうしちゃったのこれ?俗に言う一目惚れって奴なのかな。あ、でも一目で惚れた訳じゃないから一目惚れって言わないのかな。最初は恐っ…!とか思ったし?
え?何?屁理屈?そんなの知るかバカヤロー!!
だって分からないんだからしょうがないじゃない!こんなの初めてなんだから!溜め息の数ばっかり増えて困ってるっつー話ですよ!


「溜め息なんか吐いちゃってー、どうしたの名前ちゃーん」


ハッとしてカウンターに突っ伏してた顔を上げれば、天然パーマの男がニヤニヤと私を見ていた。
何だその目は。エロオヤジですかコノヤロー。セクハラで訴えるぞ。


「溜め息…吐いてました?私」

「吐いてる吐いてる。これでもかーってくらい吐いてるよー。銀さんがここに来てから数えきれないくらい」

「そう、ですか…」


もうこれは呆れるしかない。ホントどうしちゃったの私。
溜め息吐くと幸せ逃げるとは良く言うけど、こんだけ吐いてりゃ幸せもクソもない。逃げる幸せなんてもうないかもしれない。


「女の子がクソとか言っちゃいけません」

「あ、口に出してました?」

「うん。思いっきりね。で、どうしたの」


店先の長椅子を陣取って、もぐもぐと口を動かしながら聞く銀さんに話してみるべきか迷う。
銀さんは私が働く団子屋の常連さん。小さな小さなこの店の大事な大事なお客様。大の甘い物好きらしくそりゃもう頻繁に店に来てくれる。たまにツケで団子食べたりしてるけど。
それは良いとして。常連さんだからそれなりに話す訳だけどこんな事話して良いもんか…。話して良いもんかって言うか何て言えば良いの?ある人に頭の中を占拠されて困ってるんです。とか?いや、これはダメだ。「頭大丈夫ですかー?」とかマジメに取りあってもらえない。そもそもマジメに話なんて聞いてくれるんだろうか。死んだ魚のような目をしていつでもダルそうにしてる銀さんが。


「…この前、仕事帰りにオヤジ達に絡まれてね」

「うんうん」

「襲われそうになったところを助けてもらったんだけど」

「うんうん」

「……何て言うか、その、助けてくれた人が気になるって言うか…」

「はっはーん。そっかそっかァ。気になるのかァ。いやー、青春だねェ」


あぁー!!言うんじゃなかったァァァァァ!!特に最後の方ォォォ!!
「うんうん」ってしか言わないから聞いてないのかと思って、ついポロッと本音言っちゃったァァァ!!
ニヤニヤしてる。ニヤニヤしてる…!口元が楽しそうに歪んでるんですけどォォォ!!


「いや、あの、気になるって言うか、その、お、お礼言ってなかったから、何で言わなかったんだろうって罪悪感が、その」

「へー、そーなんだァ。銀さんはねェ、良いと思うよォ。良いねェ青春!青い春!ついに名前ちゃんにも春が来たのかァ。お父さんは嬉しいよー。で、どんな人?どんな人?」

「いつから私のお父さんになったんだコラァ」


何?何このテンション。今まで素っ気なく冷たい態度を取られてた娘に頼りにされて舞い上がっちゃったお父さんなのか?コノヤロー。
ウザい。ウザいぞこれ。「誰なんだよ、もう!」なんて話の先急かしてるし。お前が誰だよ!!
はぁー。話を濁すのは無理そうだよこれ。あぁー!もうどうにでもなれ!


「銀さん…真選組って知ってる?」

「ん?あれだろ?チンピラ警察24時とか言われてる税金泥棒…って、え?え?えェェェェェェ!!!無理無理無理!何それ!お父さん断固反対!!ほら!あれだよ!奴等にとっては仕事なんだからそこからラァブが生まれるとかないからね?ね?だからそんな奴の事忘れなさい!今すぐ!」

「…だからいつからお父さんになったんだっつーの。しかもラァブって何だよ。そんなんじゃないって。言ったじゃん。お礼、言ってなかったからって。名前も知らないから伝えようないし、それだけが、気になってさ」


頭をブンブン振りながら早口で捲し立てる銀さんはかなり必死に見えた。過去に真選組の人と何かあったんだろうか。
銀さんが言うように仕事だって事は分かってる。分かってたんだ。あの時も。でもドキドキが止まらなくて、頭からあの人の事が離れなくなって。どうして良いか分んなくて。
…何かヘコむな。あんなに言われると。


「…で、そいつの特徴は?」

「え?」

「お礼、言いたいんだろ?全く律儀な子だねェ名前ちゃんは。銀さん万事屋だからね。人探しくらいお手のモンよ」

「銀さん…」


今すぐ忘れろとか言ったくせに。探してくれるなんて…銀さんの考えてる事は良く分かんないや。
でもこれは銀さん甘えよう。名前だけでも分かれば良いや。そしたら真選組の屯所にその人宛でお礼の手紙とか送れるし。うん。それで終わりにしよう。お礼が言えたら、それで。


「ありがとう。銀さん。名前だけ分かれば良いから」

「あーはいはい。で、特徴は?なるべく見つけ易い感じのお願いね」

「うん!えーっとね、暗かったから髪の色とか分んないんだけど、瞳孔開いてて、タバコ咥えてたなー。あ!でもこれあの時だけだったら分んないよね…」

「……」

「…銀さん?」


何も答えない銀さんを見るとヒクヒクと顔を引きつらせていた。
…やっぱりこれだけじゃ分んないよね。そんなんで探せるかァァァ!!って事かな。
他には…声が低いとか?あ、山崎って人が一緒だったとか!…ダメかな。ダメだよね。どうしよう。せっかく銀さんが探してくれるって言ったのに…。


「なぁ、もしかして…あれ…だったりする…?」

「あれ?」


未だ顔を引きつらせながら銀さんは前を指した。その指の示す方に目線を移す。
そこには真選組の制服を着た二人の人が居た。
手を振りながら近づいてくる髪サラサラで目パッチリの人と、タバコを吸ってる…あの、人。


「旦那ァ」

「よー、総一郎君に多串君」

「総悟です。旦那」

「誰が多串だコラァ」


あの人だ。間違いなくあの人。声も瞳孔の開きっぷりもタバコを咥えた姿も。
楽しそう…ではないけど、話をしてるって事は銀さんの知り合いだったんだ。こんな偶然ってあるんだろうか。


「あーそれにしてもタイミングが良いね君達。今、名前ちゃんと話してたんだけど、この前、瞳孔かっ開いててタバコ咥えたチンピラ警察に助けられたみたいでね。それ多串君の事だと思うんだよね。言いそびれたお礼言いたいみたいよ」

「へェ。マヨ方さんがマジメに人助けたァ驚きでさァ。俺ァマヨ方さんが助けるのはマヨネーズだけだと思ってやした」

「何だよそれ!?どういう事!?つーかマヨ方ってなんだよ!…まァ良い。で、名前ちゃんって」


そう言って向けられた鋭い視線にビクリと震えた。瞳孔開いてるのはデフォルトだったのかァァァァ!!やっぱり恐ェェェェ!!
って言うか!あの天パ何言ってくれちゃってんの!!あれじゃ私が瞳孔かっ開いてるとかチンピラ警察とか言ったみたいじゃない!!後で覚えてろよォォォ!!
ま、まず落ち着け。落ち着くんだ名前。今はあの人にお礼を言わなくちゃ。


「先日はオヤジ達から助けて頂いてありがとうございました!」

「オヤジ…?あーあの時のか。あれ以降は何もねェか?」

「はい!大丈夫です」

「そりゃアイツ等シメた甲斐があったってモンだな」


フッ、と聞こえて下げていた頭を上げれば目を細めて笑ってる…ような表情が目に入った。
あ、何かまたドキドキする。何だ、これ。私…やっぱり…。


「あの…マヨ串さん…?」

「違ェーよ!!ってか何で混ぜた?マヨ串って何だよ!!俺ァ土方だ!!」

「あ、すみません。ひ、土方さん!」

「何だ」

「助けて頂いたのにお礼も言わず、あの、お詫びっていうか、その、もし良かったら休憩の時にでも店にいらして下さい。団子しかないですけど…団子とお茶ならいくらでも出せますから」

「へー。そりゃありがてェや。んじゃ早速」

「ってオイィィィィ!!」


私の言葉に総悟と名乗った人は銀さんの隣に腰かけて、すかさず土方さんがツッコミを入れた。
この人達漫才コンビでも組んでるんだろうか。息ピッタリだな。


「お前さっき休憩とか言ってでにいす入ったろ!!行くぞコラ」

「ちぇ。ケチ臭ェな。死ねよ土方コノヤロー」

「お前が死ね。…オイお前」

「わ、私ですか…!」

「俺達は仕事でやってんだ。そんな気ィ遣ってもらう必要ねェよ。…ま、今度使わせてもらうわ」


そう言いながら土方さんは歩き出して座っていた人は立ちあがり「今度来まさァ」と言って、二人は行ってしまった。
あぁ行ってしまった。でも今度、いつだか分からないけど店に来てくれるかもしれない。また会えるかもしれない。そう思うと嬉しくなった。


「銀さん…私…お礼言わなかったから気になってただけじゃ、ないみたい…」


言いながら銀さんを見ると銀さんはボーッと二人の背中を見送っていた。
ずっと無言だったけど銀さんは何を考えているんだろうか。さっきみたいに反対されるんだろうか。
すると銀さんは立ち上がって「んー!!」と伸びをすると歩き出した。


「惚れちまったモンは仕方ねェよな。銀さん何も言わないよ。さっき言ったから。あ、団子のお代は人探しの依頼料って事でヨロシク!…探した訳じゃねェけど」

「…ありがと」


私の呟きが聞こえたのか聞こえないのか銀さんはヒラヒラ手を振りながら歩いていった。
依頼料が団子三本分のお代って…安いな。
今度銀さんが店に来たらサービスしてあげよう。イチゴ牛乳好きだって言ってたから買っておこうかな。

ま、こんな感じで私は自分のホントの気持ちに気付いたのでした。
銀さんの呟きなんて耳に届く事もなく。



重要事項は大体話の最後の方



「…初恋は実らねェって、言うけどなァ」



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