みんなが騒ぎ出して賑やかになってきたのを見計らって部屋を出て、少し落ち着く為に水でも飲もうと台所に来ていた。
同じ空間に居るだけで、声が聞こえるだけで、本当にこの心臓がうるさかった。意識をしまくっている自分が居る。好きになりたくないのに。
「名前」
あぁ…まただ。心臓がドクリと鳴った。
気付かれないように出て来たつもりだったのに。よりによって二人にはなりたくなかった人。どうして。
「何…侑士」
「何はないやろ。どないしたん?」
背後から声が聞こえて振り向く事もせずに言った私に、いつもと何ら変わらない侑士。私にとってはその態度が何よりも白々しい。
「バカじゃないの…信じらんない」
「怒っとるん?俺のした事」
別に怒ってる訳じゃない。嫌でもなかった。
ただ…侑士は彼女が居て軟派で私は好きじゃないだけ。そんな奴、嫌なの。
侑士の言葉に何も言う事が出来なくてテーブルの上にあったコップの水を一気に飲んだ。怒ってるなんて嘘は言いたくない。でも怒ってないって言ったらどういう意味になるの?
「ん!?ぶっ」
コップの中を空にした時、一気に喉に熱が広がった。鼻を抜ける匂いが水ではないと主張していた。
そういえば台所に来てコップに水を入れた記憶もテーブルにコップを置いた記憶もない。バカじゃないの私。
「…酒やん。おっちゃん飲んどったんか?」
私の手からコップを取り上げ匂いを嗅いだ侑士は顔をしかめながら言った。酒、か。通りで顔が熱くなってきて頭がボーっとする訳だ。気付かないで飲み干してしまうなんて私はかなり間抜けだ。
「おっと…」
侑士はグラついた私を支えた。侑士に寄りかかる形になって、心臓の音が聞こえてしまいそうだ。
「…ごめ、ん」
「…参ったわ…」
見上げると侑士は困ったように笑っていた。
「岳人の部屋、行こか。横になった方がええやろ」
そう言うと侑士はあまりにも簡単にふわりと私を持ち上げた。お酒のせいでほとんど感覚は麻痺しているのに背中と膝に回された腕から侑士の熱が伝わってくる。
こんな事をされて、お酒なんかを飲んでいない状態なら抵抗していると思う。むしろお酒なんかを飲まなければこんな状況になっていない。
辛うじて頭が働いているけど、瞼が重くなって思わず侑士の胸に顔を埋めた。侑士の匂いがする…。
「ほな、行こか」
「ん…」
フッと笑って侑士は歩き出した。力強い腕と広い胸。改めて感じる侑士の男らしい部分に一層胸が高鳴った。嫌なのに…嫌なのに。もう少しこのままでいたい。これ以上近くに居たらダメなのに。好きになりたくないのに。このまま侑士の温もりに包まれていたいと思った。
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