「名前様、着きましたよ」

「…んっ、あり、がとう」


迎えの車に乗っていつの間にか私は眠ってしまったらしい。目を覚ませば、景吾の家に着いていた。車のドアを開けた執事さんが申し訳なさそうな顔をしている。


「私、いつの間にか寝てたのね」

「ええ。気持ち良さそうに眠っておりましたのでお声をお掛けするのが忍びなくて…」

「いいの。部屋に行ったらまた寝るわ。起こしてくれてありがとう」


車から降りて、景吾の部屋へ向かう。見慣れた風景。見慣れた人達。何度も何度も来ているというのに楽しい思いをした事は一度もない。嫌な思いばかりだった。もう来ないと言った場所なのに、それなのに何故私はまたここに居るんだろう。
景吾の部屋へ入れば、嗅ぎ慣れた濃い甘い匂い。景吾が愛用している香水だと思うけど、名前は知らない。興味もなかった。私は景吾の事を何も知らない。知ろうともしなかった。だってそれは必要のない事だったから。私に必要なのは、私の意志ではなく、決められた道を歩む事。逆らう事なんて許されないし、一生ないと思ってた。だから。


「夢、みたいだった」


呟いてベッドへ寝転がる。私しかいない広過ぎる部屋に呟きは溶けていった。まるで雅治と過ごした数日が嘘だったみたいに。なかった事にはしたくない。だけど、戻れない。戻らない。私はまた私の道を進んでいかなければいけないんだ。雅治に出会う前の私はどうやってたんだっけ。どうしてたんだっけ。思い出せないくらい雅治と一緒に居た日々が色濃くて、消えてくれない。


「まさ、はる」


口に出して後悔した。胸の辺りが痛い。締め付けられるみたいに。もう私があの場所に行く事はない。もしかしたらもう雅治には会えないかもしれない。学校に行けば嫌でも会ってしまう。決して会うのが嫌ではないのだけれど。むしろ会いたい。だけどきっと景吾はそれを許さない。だから何か手を打つだろう。
そう考えたらますます胸の辺りが痛くなった。苦しい。もう何も考えたくなくて私はそのまま目を閉じた。




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