「きゃー!跡部様ー!こっち向いてぇー!」


キャーキャーと騒ぐ女子の数が凄い。一様に景吾の名前を叫んでいる。景吾の学校の生徒なのだろうけど彼を見る為だけに此処へ来たのだろうか。景吾の学校は東京で此処は神奈川じゃないだろうか。私には理解しかねる。こんなに想ってくれる相手がいるのに、何故景吾は私を離してくれないの。
私が行く度に抱いていた人達だって景吾を想っていてその行為に及んでいるに違いない。私は違うのに。そうじゃないのに。どうしてなの。


「お嬢さん跡部の婚約者なんや」


後ろから声を掛け、私を覗き込んできたのは嘘みたいな頬笑みを張り付けた優男。私はこの人を知らない。服装から察するに景吾の部活仲間なのだろう。話し掛けないで欲しい。関わりたくない。


「だったら何ですか」

「跡部の事好きなん?」

「…親が決めた事なので」

「跡部とは違うタイプなんやなぁ」


うんうんと何かを納得するように頷いたその男は、忍足やと名乗った。


「よろしゅうな」

「…苗字名前、です」

「名前ちゃん、やな」


そう言うと忍足と名乗った優男は、手を差し出した。その手と彼の顔を交互に見て、いつまでも手を取らない私に「握手」と言った。何の為に?


「おい」

「おお、跡部、どないしたん?」

「どうしたじゃねーよ。こいつに話し掛けるな」

「おー怖。ただの挨拶やで」

「うるせぇ」

「…はいはい。もう盗られんよう頑張りや。はなな、名前ちゃん」


彼はひらひらと手を振りながら他の仲間の元へと戻っていった。景吾に軽口を叩けるくらい仲が良いのだろう。一方で景吾は機嫌が悪いようだけど。ドカッと景吾が隣に座る。


「他の野郎と口利くな」

「景吾がここに連れて来たんでしょ」

「…やっぱりお前変わったよな。前はこんなに簡単に誰かと話したりしなかったろ」


雅治と出会う前に戻るだけ、そう思っていた。だけど、完全に戻れる訳ではなくて。知ってしまった気持ちはそう簡単に消す事が出来なくて。


「…さぁ?私はただ、私のしたいようにしてただけだから。今も前も変わらないわ」

「…そうかよ」

「そんな事より、私今すぐ帰りたいんだけど。凄く居心地が悪いの」

「…今のお前にとっちゃそうだろうな」

「貴方の部屋で待ってるから。それならいいでしょ?」

「分かった。迎えを呼ぶ」


渋る様子もなく、景吾は電話を掛け始めた。私にとって此処にいる意味はもうない。雅治と居られないならもう、意味がないの。
景吾が電話をしている隙に雅治を探す。キラキラと輝く銀色の髪。すぐに見付ける事が出来て、目が、合った。驚いたその顔が少し可笑しくて。心が温かくなった。


「ありがとう、さようなら」




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