「名前は俺の婚約者だ」


ガツン、と頭を鈍器で殴られたようなそんな錯覚。何故、跡部が名前を名前で呼んでいるんか、少し不思議で。二人はそんなに親しい仲なんじゃろうか、とか、そういえば二人共イイトコの家の子じゃった、とか、名前は、どうして何も言わないんじゃ、とか、色々考えて、でもなるべく良い方に考えて、ポジティブに考えて、それなのに。それはとても残酷な答えで。


「それに私の道は決まってるから…他の誰も、必要ない」


名前の言葉が思い出された。そういう、事か、と。俺の知り得ない世界に、名前は住んでいる。背負っている物が、違う。でも、名前だって普通の女の子で、俺達と同じ高校生で、俺達と何も変わらないのに。


「そういう訳だ。名前は連れていくぜ」


そう言って跡部は名前の手を引いた。フラッと引かれるがまま名前は跡部の方に歩を進める。待て。跡部のとこに行かせる為に俺は名前を呼んだんじゃない。そう言いたいのに、引き留めたいのに、言葉が出ん。動けん。思ってる以上に俺のショックがデカイせいかもしれん。
ただフラフラと歩く名前の後ろ姿を見つめる。名前は今どんな顔をしてるんじゃろうか。何故名前は何も言わない。


「仁王君っ、良いんですか!?」


一部始終を見ていたらしい柳生が俺に問う。良い訳がない。行って欲しくない。そんなの、当たり前じゃろっ。でももし、引き留めようと伸ばした手が振り払われたら?名前を呼んでも応えてくれなかったら?それこそショックで立ち直れないかもしれん。それに心の何処かで名前が、こんなのは嘘じゃと言ってくれるんではないか期待していた。跡部を振り払って俺の元へ来てくれるんじゃないかと。
しかし名前は、跡部に抗議する事も振り返る事も俺を呼ぶ事もなかった。


「名前」


零れ出たこの声は掠れていて、名前には届くはずもなく、消えてしまった。




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