週末が待ち遠しかったのは、初めてだと思う。


「いってらっしゃいませお嬢様」

「うん。いってくる」


いつもと同じ、運転手に見送られて校門をくぐる。だけど、そこはいつもと違って、生徒の数も少なければ居る生徒のほとんどがその身をジャージに包んでいた。そこには私は見た事のない風景が広がっている。
思えば、休日に学校へ来るのは初めてだ。とても、新鮮。


「名前」

「雅治、おはよう」

「おう。姿が見えたから迎えに来たぜよ」

「ありがとう。少し早かったかな」

「大丈夫じゃよ。お陰で迎えに来れたきに。練習始まったらなかなか抜けれんからの」


雅治に伝えられていた時間よりも早く着いてしまっていた。私は余程今日が待ち遠しかったのだろう。雅治に出会う前の私が、今の私を見たらきっと笑うだろう。嘲笑。お前は馬鹿だと。


「何か、いつもと違うね。空気が、さ」

「まぁ、今日来るのはライバル校じゃからのぅ。練習とはいえ、気合い入れんとの」


雅治に誘導された場所はいつもと同じ場所。けれど、放課後に何回か訪れた時とは違う。部員達の様子も漂う空気も。これが緊張感というものだろうか。


「俺も頑張るけぇ、見とってな」


柔らかく笑った雅治に、ただ黙って頷く。私は今、笑っているだろうか。笑えているだろうか。胸が苦しい。幸せだから?後ろめたさがあるから?きっと両方だ。雅治と一緒に居れて嬉しいのは確かなのに、引っかかるものがあって。何も気にする事もなく、ただ幸せというものを噛み締められればどんなに良いだろう。


「おっ、おいでなすった」


他の部員の練習を見ながら話をしている最中、そう言って雅治の視線は私から後方へ移った。ライバル校とやらが来たという事だろう。奴は相変わらずじゃな、とその言葉を聞いて私も視線を移そうとした時だった。


「よぉ。今日はよろしく頼むぜ」

「お手柔らかに頼むぜよ」


それは聞き覚えのある声だった。ドクドクと耳元で音が鳴る。血の気が引くような感じがした。勘違いであって欲しい。そう願ってみてもそこに居たのは間違いなく景吾だった。見知った彼の姿。ただジャージ姿なんて見た事は一度もないけれど。まさか景吾の学校が来るなんて思わなかった。何も起こらないで。何も言わないで。ただそれだけを反芻する。しかしそんな思いも虚しく景吾は私を見てニヤリと口角を上げた。


「よぉ、名前」

「…なんじゃ、知り合いだったんか」


そうだったんかー、と言いながら何も言わない私を不思議そうに見る雅治と、クックックッ、と笑う景吾。私は今、笑われる程可笑しい顔をしているらしい。景吾は今まで見た中で一番楽しそうな顔をしていた。きっと景吾はこうなる事を分かっていたのだろう。だから私に何の連絡もしてこなかったんだ。さっきよりも耳元で鳴る音が早い。視界の中の景吾の顔は更に楽しそうに歪んでいく。そして「知り合いも何も」と声を発する。お願い。何も言わないで。言わないで。言わないで。言わないで。


「名前は俺の婚約者だ」




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