言った。言ってしまった。でも後悔なんてしてない。だってチクチクとした気持ちは見事になくなって何だか軽い気持ちになった。
廊下に響くのは私の足音だけ。景吾が追ってきている気配はない。きっとこれは景吾にとって良かった事なんだ。婚約の件に関しては親に従ったのかもしれない。だって景吾の周りには他にもたくさん女の人が居るんだもの。私と婚約するメリットなんて景吾にはないし。所詮、大人の事情で決められた事で逆らうなんて許されないのを私は知ってる。だから私から言い出されて都合が良かったんだ。


「名前様…お帰りですか?」

「えぇ」


部屋を出て玄関に向かっている途中、声をかけられた。それはこの家に来る度にお世話になっていた執事さんだった。帰るのかと聞かれたから返事をしただけなのに、執事さんは不思議そうな顔をしている。


「何か…?」

「あ。いえ。ただ、名前様の帰宅時にはいつも景吾様が付き添っていらっしゃるので…」

「あぁ…」


だから不思議そうな顔をしていたのか。言われてみれば、私がこの家に来て帰る時はいつも景吾が車を手配してくれて家まで送ってくれていたんだっけ。


「何かあったのですか?」

「えぇ。実は…」


遅かれ早かれ、そのうち景吾から知らされるのだからと、さっき景吾に伝えた事を言おうとした時だった。


「名前っ!」

「…景、吾」


振り向けば険しい顔をした景吾がズンズンとこちらに向かってくる。


「車は後で良い」

「あ、はい。かしこまりました」

「行くぞ」

「ちょっとっ!景吾!」


ペコリと頭を下げている執事さんに背を向けて、歩き出す。景吾に腕を掴まれて。


「俺様の話がまだだろ」

「話…?」


確かに私だけが言いたい事を言うなんて不公平かもしれない。だから景吾は怒っているんだろうか。顔は見えないけど、握られた腕が少し痛い。


「分かったから、離して。少し痛い」

「あ、あぁ。悪い」


離してと言ったはずなのに、景吾は離す事はしなくて力を緩めただけだった。
今日で最後だから景吾の気が済むようにさせたら良い。そう思えば大丈夫。何も苦痛なんかじゃない。
私はただ手を引かれて歩いた。後に、この行動が後悔に繋がるなんて思いもせずに。




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