「もう一人じゃないんよ?俺が守っちゃるけぇ、無理はせんで?」


雅治の言葉と背中に感じた熱がまだ残ってる。ボールを打つ音と掛け声をBGMに私はさっきの出来事を考えていた。面倒臭くてイライラしていたのが嘘みたいに雅治を見たらすっかりそんな事を忘れて温かい気持ちになった。
雅治はいつから見てたんだろう。一人じゃないとか守ってやるとかむず痒い感じがする。無理をしてるつもりはなかったけど雅治が心配するような事はしたくないと思った。本当にこんな時間が続けば良いのに。


「チワッス!苗字先輩!」


後ろから聞こえた声に振り返ると雅治と同じジャージを着た黒髪で癖っ毛の子が立ってた。とりあえずテニス部の部員って事だけは分かる。


「誰?」

「嫌だなぁ!そんな睨まないで下さいよ。怪しいもんじゃないッスから」


そう言ってへらっと笑った。私に話しかけて睨まれても笑ってるなんて雅治並みに変な奴かも。


「俺、切原赤也。先輩と話してみたかったんス」

「そう、なんだ…」


やっぱり変な奴だけど雅治とは違う。違う人なんだから当たり前かもしれないけど。


「赤也」

「げっ。仁王先輩…」


いつの間にか雅治が来ていてなんだか顔をしかめている。


「どうしたの?雅治」

「ん?いやぁ、何でもなかよ。ただ…のぅ」


雅治はチラッと切原赤也と名乗った子を見るとその子は「失礼するッス!」と慌てて去っていった。


「行っちゃった…」

「良いんじゃよ。居たら困るけぇ」

「ふーん」


良く分からないけど雅治がそう言うならと気にしない事にした。何かあるんだろうし。


「なぁ、また打つか?昨日みたいに」

「ん?ううん」

「やりたくないか?」

「違うよ。見てるだけでも楽しいから」


きっとまた楽しませようとしてくれてるんだと思うけど雅治はいつもの倍のメニューをやってるんだし実際、見てるだけでも楽しいから。


「それに、雅治と話してるのも十分楽しい」

「フッ…嬉しい事言ってくれるわ」


本当だよ。ただ一緒に居るだけでも良いって思える程雅治は私の中で大きな存在になってる。


「…ごめん。電話」


その時、またしても現実に引き戻される。景吾に。雅治から少し離れて電話に出る。


「もしもし」

≪俺だ≫

「何か?」


時間的なものなのかタイミングの良さに呆れながら応答する。でもその呆れが焦りに変わるのはほんの一瞬だった。


≪迎えに来た。今校門の前に居る。何処に居るんだ?俺様がそこまで行ってやるよ≫


今まで一度だってそんな事なかったのに。景吾だって部活があるはずなのに。


「今、行きます!」


電話を切ると雅治に駆け寄って帰る事を告げて走った。雅治が呼び止めたような気がしたけど振り向かなかった。今はただ景吾にここまで来られては困るという気持ちが先行していたから。


「婚約者が居るのに他の男に手を出すなんて最低」


手を出すなんて深い意味は分からなかったけれど、もし雅治も同じ事を思ったらもう隣には居てくれないんじゃないかと頭に過ぎったから。
私は全てを割り切れる程、器用じゃないと今更知った気がした。




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