「雅治…本当にありがとう」
名前はそう言って笑っとった。屋上で見た笑顔よりもっと良い笑顔で。
そうじゃ。その笑顔が見たかった。楽しんでもらいたかったんじゃ。
その時、何か音がなった。多分、携帯の着信音。
「ごめん。私だ」
名前は携帯を取り出した。メールだったようでカチカチと携帯をいじりだした。
「………」
「名前…?」
一瞬携帯をいじる手が止まり、笑顔が消えた。無表情で携帯を見つめている。その表情は一人で居た時の名前の顔。
どうしたんじゃ?と声を掛けるとハッとして名前は俺を見た。
「用事出来た」
「そうか」
「うん。今日はありがとう。部活頑張って。じゃぁ」
そう言って名前は去って行った。また笑顔を見せて。切なげな、笑顔を。
その顔は何じゃ?名前は俺の心をさらってく。興味ばかりが湧いてくるぜよ。
「付き合ってるんスか?」
振り向くと赤也がニヤついた顔で近付いてくる。
「何でじゃ?」
いや、付き合ってない。即答しなかったのは何故じゃ。
「仁王先輩らしくないッス」と言われて確かにらしくないかもしれんと思った。こんなに誰かに興味を持ったのも心から笑顔が見たいとか思ったのも初めて。
「部活に女の人連れてきてあんなんしてるし、先輩…笑ってたッス」
「そうか…」
それは名前の笑顔を見れたからただ単純に嬉しかったからだ。
「苗字先輩も笑ってたし。あんな顔するんスね」
周りは知らない。名前が本当は感情に素直な事。赤也の言葉にちょっとした優越感を覚えた。
「美人なんだし、あーやって笑ってればいいのに。ちょっと惚れたッス!」
男は意外性に弱いんじゃろか。俺も名前の意外性に興味を持ったのは確かじゃが、でも今、赤也の言葉とへらっとした顔に苛立ったのも確か。
興奮したように赤也は話し続けた。
「普段見せない顔ッスもん!いろんな意味で目立つのに、いつも一人だし無表情だったスから」
確かに名前は目立つ。名前は知らん人が居らんし、美人じゃが、お嬢様には似合わぬ風貌。狙ってる奴は山程居るんじゃろか?赤也みたいに思う奴は他にも居るんじゃろか?苛立ちと共にいろんな疑問が駆け巡った。
「んで、付き合ってるんッスか?」
付き合ってないのは事実。ただ俺が興味を持っただけ。じゃぁ何故興味を持っただけで
あんな事をするんじゃろか。らしくない俺を見せたんじゃろか。そしてこの苛立ちは何に対する苛立ちなんか。疑問ばかりが頭の中を駆け巡ってたのと赤也にらしくないと言われたのが悔しくてただ簡単に。
「ただの友達じゃ」
そう答えを出した。
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