「まぁ、頑張りや」
そう、忍足が言っていた。名前が部屋を出て行った時それを思い出していた。何を思って何に対して言っていたのかは分からねぇ。だがそれを今の状況で言われたのなら…もう、頑張りようがねぇ。それが答えだった。名前はハッキリと俺に告げたのだから。
しかし、冷静になって考えてみると臆病でいる理由がなくなった事に気付いた。恐れていた事が今、起こったのだからこれ以上何を恐れる?悪あがきだと言われても構わねぇ。今更だと言われても構わねぇ。言えずにいた事を伝えるんだ。もしかしたら…何かが変わるかもしれねぇ。
そう思った瞬間、足が動いていて少しでも俺の想いが名前に伝わるようにと掴んだ腕を離す事はしなかった。
「それで、話って何?」
部屋に入るなり名前が口を開いた。そっと手を離して名前に向き直るとそこにはいつもの名前が居た。
「…さっき言った事は、本当なのか?」
「えぇ」
「俺が、嫌だと言ったらどうする」
俺の言葉に名前は顔をしかめた。
「どうして?景吾の周りにはたくさん素敵な方が居るんだもの。私が居なくても何も変わらないでしょう?」
そう言われて、俺は自分が今までしてきた事を後悔した。他に求める事なんてしなければ良かった。
「それとも、景吾も親が決めた事は絶対?形だけでも婚約者として今までみたいにしていないと困るって事?」
「な、に?」
名前はこの婚約が親によって決められたものだと思ってたのか。確かに名前はそうかもしれねぇが俺は違う。これは俺の意志だ。
あぁ…やはり、もっと早く伝えるべきだったんだ。従う事しか知らなかった名前に。従っていればそれで良いと思っていた名前に。
「両方違うぜ」
「だったら、何なの?」
名前は眉間にしわを寄せていた。俺がこれから言う事なんて予想もつかねぇんだろうな。きっと名前は知らない気持ち。誰かを愛するという事。
「名前を愛してるからだ。だから側に居て欲しい」
言えずにいた事を伝えたせいか俺は、妙に清々しい気分になった。
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