マネージャーと三年女子と過保護な先輩達
名前が三年女子の先輩に呼び出されました。ヤバイ目です
昼休み。グループのラインに矢巾からメッセージが入った。何が起きたのかと教室から出ると同じタイミングで及川、花巻、松川が教室から出てきた。一様に不安の色を滲ませている。
「岩ちゃん!どどどどうしよう!」
「慌てたってどうしようもねえだろ」
「とりあえず矢巾呼ぼ」
そう言って、花巻は、三年の廊下まで来い、とメッセージを送った。しばらく待てば矢巾はダッシュで現れた。結構深刻な表情の矢巾を見て、及川は青くなっていた。
「どう言う事?」
「昼になってすぐ、三年の女子が四人来たんスよ。で、名前が呼ばれて」
「知り合いとかじゃないの?」
「いや、あんま友好的じゃなかったし…名前がクソ嫌そうな顔してたんで、多分仲良くはないです」
恐らくその場に居た全員が名前のその表情を想像出来ただろう。及川に絡まれて面倒に思っている時の名前の顔を。
「どこ行ったんだろ」
「場所は言ってなかったッスね」
「探す?」
「つーか、三年に呼び出されるような事したの?名前」
「…多分あれは、及川さんのファンだと思います。何回か見た事あります。練習見に来てたと思います」
その言葉で一斉に及川を見る。何となくそんな気はしてた。及川は公衆の面前で名前に構い過ぎだ。認めたくはないが、及川はファンが多い。誰彼構わず声をかける習性のせいで、明らかに特別扱いを受けている名前を面白くないと感じる奴が出てきてもおかしくはない。及川はと言うと、何かごめん、と言って目を逸らした。
「俺、責任を持って探してくぐえっ」
「待て待て。お前が出てっても話がややこしくなるだけだろ」
走り出そうとした及川の襟首を掴んで松川が制す。確かに、及川絡みで及川が名前を守るような事をしては火に油を注ぐだけの気がする。四六時中名前を守ってやれる訳じゃない。今回だって、矢巾が気付いたからこうして話が出来ているだけで、矢巾が気付かなかったら?今までも同じ事があったんじゃないか?
名前さんなら食堂の向こうで見ましたよ
その時、金田一からメッセージが入った。よくやった金田一!それを見て全員が動き出す。行ってどうする。多分誰もそこまで考えてない。ただ名前が心配で。可愛い妹みたいな名前が。ちょっと過保護かもしれない。でも、名前は大事な仲間で、ムサい男の集団の中で頑張っている名前を可愛く思わない方がおかしい。
バタバタと走って食堂の向こう、恐らく中庭の辺りだろうか。目指して走る。途中、廊下を走るなと先生に怒られた。怒られても誰の足が止まる事はなかった。そして、中庭に名前を発見。静かに、と声をかけて足を止める。陰に隠れて様子を伺う。
「そろそろ教えてくんないかな〜?」
「どうすれば及川君にあんなにちやほやされるのか」
「……」
「黙ってないでさ〜!ね?教えてよ」
「あああ。名前の顔がヤバイ」
名前は明らかに面倒くさそうな顔をしている。あの顔は見た事ある。ウザい及川の相手をしている時の顔だ。原因である及川はちょっと涙目になっている。
「どうする?」
「行くか俺?さり気なく」
「マッキー行ってどうする」
「あの」
「ちょ、待って。静かに」
話出した名前の言葉を聞くために耳を澄ます。
「正直分かりません」
「うっそだー」
「何でもいいよ。毎日メールを送り続けたとか」
「いえ、特には何も」
「マジで言ってんの?」
「マジで言ってます。むしろ及川さんに直接聞いて欲しいですね」
「教えてやれよ及川」
「あ、え、す、好きだから?」
「何で疑問系なんだよ」
「それであの人達納得するんスか」
及川の平平凡凡な返答に一同溜息を吐いた。まぁ、真剣な返答があったとして俺達に言われても、と思う所ではあるが。でも、もし俺達も同じ事を聞かれたら、同じように答えるだろう。名前が好きだから。仲間として名前が好きだからだ。嫌いな奴に構う奴は居ないと思うけど。
それにしてもこの状況でこうも堂々としている名前は称賛に値する。だからこそ俺達、個性豊かな面々の中で過ごしてこれたのだろうか。
「ホントに何もないの?」
「何もないです。及川さんにちやほやして欲しいと思った事もないですし」
「へ、へー」
「強いて言うなら私は部長としての及川さんを尊敬しています。部活に打ち込む姿勢とか。だから及川さんや他のみなさんが打ち込めるように私も頑張りたいと思っています。以上です。これで失礼します」
呆気にとられている上級生を尻目に名前は会釈をしてその場を去った。これは色恋目的で及川の側に居る訳ではないという名前なりの牽制だろうか。真意は名前のみ知る所だが、当の及川は酷く嬉しそうだ。言葉にならないらしく震えている。泣いたり喜んだり忙しい奴だな。
「はい、解散」
「心配する程でもなかったな」
「でもさ、名前が及川と付き合ったら、こういうのがずっと付いて回るんだよな。及川の蒔いた種のせいで。だから付き合うの躊躇してんじゃねーの」
松川の言葉で一同の動きがビタッと止まる。そして視線は及川へ。及川は珍しく真剣な顔をして、あの試合で見せるような真剣な。
「その時は俺が名前ちゃんを守るよ」
及川は本当に名前が好きなんだなと思った。今までこんなにも真剣に誰かを想っていた事はあっただろうか。歴代の彼女達には申し訳ないが。もちろん俺も名前を好きだ。だけど及川のそれとは全くの別物。
「当たり前だろ。お前の蒔いた種なんだから」
「俺の可愛い名前を泣かせたらぜってー許さねえからな」
「えー…カッコ付けさせてよ…」
多分、あいつ等なりの応援だと思う。多分。及川がやる時はやる男だとみんな知っているから。真剣な想いも知っているから。及川になら名前を任せてもいいと思ってる。だからこその言葉だろう。
その日の部活で会った名前はいつも通りで、今日の出来事を口外する事はなかった。俺は名前のこういう所が好きだ。
「名前」
「何です、か、わっ!何、するんですか」
「お前良い女だよな」
「え、岩泉さんに言われると素直に嬉しいです。ありがとうございます」
ぐしゃぐしゃと俺に頭を撫でられて乱れた髪を直しながら頭を下げて名前は少し笑った。いつか及川に向けてこんな顔をする日が来るんだろうか。そう思うとちょっと寂しい。
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