マネージャーと岩泉とラーメン
ある日、部活帰りにラーメンを食べて帰ろうという話になって、オープンしたばかりの店に行ってみようと話がまとまった。名前にも声を掛ければ珍しく行くと返答があった。どうやら気になっていた店だったらしい。珍しくテンションの高い名前は喜びのあまりいつも以上にウザくなっている及川に話しかけられても普通に会話をしていた。
店に入ればオープンしたばかりという事もあって店内は綺麗だった。四人掛けのBOX席に名前と及川と花巻と俺。通路を挟んだ隣のBOX席に金田一と松川と矢巾と渡。しっかり名前の隣をキープした及川は上機嫌だった。
「私味噌がいいです」
「うんうん。好きなの食べな」
「俺も味噌ー」
「俺チャーシュー麺」
「マッキー名前ちゃんとお揃いとか許さない」
「好きなの食べさせてくれよ」
「うるせえ及川。早く決めろ」
「…俺も味噌」
「お前らも決まったか」
「ウーイ」
それぞれ好きなものを注文して、十分も待てば出来あがったラーメンが運ばれてくる。食欲をそそるいい匂い。美味そうだ。
「いっただきまーす」
「うわっ。味噌って辛味噌付いてんの」
「書いてたじゃないですか」
「えー、見てなかった」
「俺もあんま得意じゃない」
「何で頼んだんだよ」
「名前ちゃんと同じの食べたくて…」
「馬鹿め」
そう言って花巻と及川は辛味噌を溶かさずギョーザの皿に移した。そう言えば、あまり辛いものが得意ではないらしい。お前等ちゃんとメニュー見とけよ。と思いつつも、ラーメンは時間との勝負。他を気にしてはいられない。しかしズルズルとラーメンをすすっていると名前の箸が進んでいない事に気付いた。ジッとこっちを見ている。
「…どうした名前」
「ん?何、名前。ギョーザ?お食べ」
名前の視線に気付いた花巻はギョーザだと思ったらしく、ギョーザの皿を差し出した。どうやら当たっていたらしく名前は差し出されたギョーザの皿を凝視している。
「遠慮すんな名前。及川のおごりだし」
「えっ!そうなの!?名前ちゃんならいいけど」
「何?ギョーザ足りねえの?」
隣の席から松川までギョーザを差し出してきた。こいつらどんだけ名前に食わせるつもりなんだか。相変わらずジッと皿を見ていた名前はブンブンと頭を振る。
「ギョーザはいらないんですけど」
「あ、そうなの。んじゃ俺食おー」
「辛味噌、もらってもいいですか?」
「何だ、辛味噌か。いいぞ。食わねえから置いてあんだし」
「やった!」
そう言って笑顔で名前はギョーザの皿から辛味噌を取った。及川の分、花巻の分。そして自分の分をラーメンへと溶かす。辛味噌を溶かす度、及川と花巻の顔が引きつっていって、あっと言う間に美味そうなラーメンが凶器に変わる。
「ちょ、名前ちゃん?大丈夫?」
「何がですか?」
「おい、スープやべえ」
「んー!美味しいいいい」
「マジかよ」
自分の食事も忘れて、名前の食事風景を食い入るように見つめる。名前は気にも留めず美味しそうにラーメンを食していく。そして麺だけではなく、真っ赤になっているスープまで。
「辛いの好きなの?名前」
「はい!大好きです!だからこのお店気になってて」
「名前ちゃん、一口」
「?どうぞ」
何を思ったのか及川は名前のラーメンのスープの味見を申し出た。しかし誰も止めに入らない。これが人柱と言うものだろうか。自分のラーメンを食しながらその様子を見守る。矢巾と金田一はそのスープの色を見て、人間の食べモンじゃねえ、と戦慄していた。
「美味しいですよ?私もっと辛くてもいいです」
「マジかよ」
「……ぶえっ!!!辛っっっっ!!!」
「俺も!……かっら!!!名前、これはゴホッ」
「お前等馬鹿か!何の為にお前等辛味噌除けたんだよ!!」
「名前ちゃんが、美味しいって、言うからっ」
「及川のリアクションが嘘臭かったから」
「えー…美味しいのに」
「俺は好きですよ辛いの」
「同志!金田一!」
「無理すんなよ金田一」
しゅん、としている名前を慰めようとした金田一はスープを飲まされて悶絶していた。そんな男共を尻目に名前はしっかりとラーメンを完食したのだった。ヤバイ。名前カッコイイな。
「口痛い」
「辛いのって痛覚って言いますもんね。私痛覚鈍いのかな」
「そんな名前ちゃんも可愛いよ」
「……」
名前が通常運転に戻った所で店を出た。程良い満腹感と幸福感を感じながら帰路を歩く。数名口元を押さえている奴も居るが。上機嫌な名前はまた行きたいと話していた。
後日、及川から食事中の名前への一口頂戴禁止令が出された。現場に居なかった部員達はまたいつもの及川のヤキモチだと捉えたようだが、現場に居合わせた俺達はあの惨状を思い出し、固く頷いた。その日一日、及川は名前に無視されていた。
← →
戻る