マネージャーと花巻
入部当初はどうせ及川目当てだから全員辞めるだろうと思っていた。現に俺の代は全員辞めた。だから女子マネージャーに関心はなかった。先輩マネージャーが居て助かっていたが、居なくても困る事は特にないように感じてたから。それがいつからだろうか。名前が可愛くて仕方がないと思い始めたのは。
「ちょっと!ちょっと!マッキー聞いてよっ、ぶふ」
「…遂に頭やられたのか」
「遂にって何!?違うけどね!?いやね、面白い事があってさ、ふふ」
偉くご機嫌で腹を抱えている及川に引いた。マジで頭可笑しくなったんじゃないかと思った。
「マネージャーの子にね、話しかけたら、ぐふっ、く、クソ野郎って言われた!ぶはっ」
「どうせお前が変な事言ったんだろ」
「別に変な事じゃないし。付き合わない?って聞いたけどね」
「おい。それで笑えるとかやっぱ可笑しいだろ」
「いや、まさかクソ野郎って言われるとは思わなくてぶふっ。初めて言われたし」
「そりゃよかったな」
至極嬉しそうに話す及川を変態だと思った。ただ、そんな奴も居たんだな、と気になって体育館をぐるりと見渡せば、先輩マネージャーにくっ付いて動いている一人の女子を発見。多分、アイツの事だ。他の女子はただ突っ立って及川を見る度に色めき立って、邪魔なだけだ。
「マネージャー」
「はーい」
「紅白やるみたいなんスけど、ゲームベスト何処にありますか」
「あー、部室!名前ちゃん!ごめん、花巻と行ってくれる?花巻、名前ちゃんに場所教えて。はい鍵」
「ウッス」
「よろしくお願いします」
先輩マネージャーの指示で、名前と呼ばれたマネージャーと二人で部室へ向かう。俺の後を付いてくる名前は静かで、会話はない。恐らく愛想がいい方ではないと思った。平熱系?って言うの?別に嫌いではない。
「ベストここな」
「はい。分かりました。ありがとうございました。持っていくので、先輩は練習に戻って下さい」
「いやいや!一人じゃ無理だろ」
部室に着いて、保管場所を教えてやれば、ペコリと名前は頭を下げた。礼儀の正しい奴だと思った。しかし、まさか俺をただの案内役だと思っていたようで、あとは一人でやると言う。ベスト自体は全部持ってもそんなに重いものではないが、それが二つのカゴに分けて入っていて、何故かカゴが重い。多分女子一人じゃ無理。こんなに小さい明らかに非力な子じゃ無理だと思った。
「でもマネージャーの仕事ですよね。先輩達が練習に専念出来るようにマネージャーが居ると思うので気にしないで下さい」
「重いぞそれ」
「大丈夫ですよ。私案外力あるんで。よいっせ」
「おおう…。じゃあ俺一つ持つから。これで往復しなくていいだろ。俺もどうせ戻るんだからその方が効率いいしな」
「…すみません。ありがとうございます」
こいつは俺達が真剣にバレーに打ち込むように、真剣にマネージャーとしての役割を考えているんだと思った。今年はいい奴が入ったなぁ、と思った時、名前は俺の中でその他大勢の中の一人から新人女子マネージャーに位置付けられた。
「マネージャー」
「…私ですか?」
「他に誰が居んのよ」
「すみません。初めて呼ばれたので。それに先輩も居ますし」
「あー、そっか」
「私の事は名前とでも呼んで下さい。後輩ですし」
「名前、ね。オッケー。じゃあ俺はマッキーでいいよ」
「…マッキー先輩」
「んー。いまいちだからせめてさんにしよう」
「分かりました。マッキーさん」
及川が勝手に呼んでるだけだったあだ名が好きになった瞬間だった。それと部活に来る楽しみに名前が居る事も追加された。しっかりした妹が出来た気分だった。
「あのさ名前」
「何でしょう?」
「及川にクソ野郎って言ったってホント?」
「なっ、んで知ってるんですか…」
「及川が言い触らしてたよ。嬉しそうに」
「嬉しそうに…?確かに口が悪かったですけど、思わず本心が口から出てしまったと言うか」
「はは。いいな名前。その調子で頼むわ」
「?はい」
カゴを持って雑談をしながら体育館へ戻れば、それを目ざとく見つけた及川が信じられないものを見たような顔で絶叫しながら近付いて来て、それを汚物を見るような目で見ていた名前にちょっと笑った。
「マッギイイイイイ!!!ずるいよおおおお」
「何がだよ」
「何でマネージャーちゃんと仲良くしてるの!!」
「これ取りに行っただけ。な、名前」
「はい。マッキーさんに手伝ってもらいました」
「…名前?マッキー、さん?どうして!?ねえどうして!」
「別に普通だろ」
「お、俺も徹ちゃんとか呼んでいいよ!名前ちゃん!」
「……」
「及川それ以上は止めとけ…名前の顔がヤバイ」
「何で…何でなの」
崩れ落ちた及川をスルーして、名前は先輩マネージャーへ部室の鍵を返しに行った。平熱系かと思ったが案外顔に出る奴なんだな。名前は。面白い奴だ。
それから月日は流れても、名前は相変わらず名前で。先輩マネが居なくなって、頼りがいのあるマネージャーになった。色んな面で。俺達のチームに必要不可欠で、及川に至っては名前が居なくなったら死ぬんじゃないかと本気で思う。多分、俺も。
「なー、名前」
「どうしました?」
「俺達三年じゃん」
「そうですね」
「卒業しても俺の事忘れない?」
「気が早いですね。それに逆にどうすれば忘れられるのか教えて欲しいくらいです」
「そらそうか」
「忘れないですよ一生。みなさんのお陰で毎日楽しいですから」
わずかに微笑んだ名前を抱き締めたい衝動にかられる。今は部活中だし、そんな事をしたら及川が飛んでくるのが分かってるからグッと我慢して、かわりに頭をぐしゃぐしゃと撫でてやる。キスしたいとかセックスしたいとかそんなんじゃなくて、もっともっとずっとずっと名前を大切にしたいと思ってる。仲間として。
「マッキー!はい!休憩終わり!」
「へーい」
相変わらず及川は名前の事になると目ざとい。岩泉にケツを蹴られるまで、ぎゃんぎゃん文句を言ってた。そんな及川をスルーしている名前も相変わらずだ。この日常がこのまま続けばいいのに、と思わずにはいられない。
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