覚悟しておいてね

電話が終わって、ものの数十分で着いたと及川さんから連絡が来た。上着を羽織って、バタバタと外へ出れば玄関の前に肩で息をしている及川さんが立っていた。


「お待たせ、名前ちゃん」

「…待ってません」

「うっそだー!」


及川さんの前へ進み出て、見上げた及川さんは優しく笑っていた。


「泣く程、嬉しかったのかな?」

「泣いてませんけど」

「意地っ張りなんだから!泣かせてごめんね」

「泣いてないって言ってるじゃないですかっ」


ツーン、と鼻の奥が痛い。嬉しかった。本当は嬉しかった。及川さんが私を好きだと言ってくれて。ずっと見てた。軟派な及川さんも真剣な及川さんも一生懸命な及川さんも、可愛い女の子と一緒に歩く及川さんも。ずっと嫌いだったのに、ずっと好きだった。


「ごめんってば」

「んぶっ!苦しいで、す」

「目の前で泣かれるとやっぱ辛いなぁ」


私の体は簡単に及川さんの腕の中に収まってしまった。顔は見えない。でも、頭の上から降ってくる声で優しい顔をしているって分かる。


「放してって言わないの?」

「…言ったら放してくれるんですか」

「放さないけどねー」

「…知ってました」

「さっすが名前ちゃん」


及川さんの腕の中は温かくて、何だか安心する。フッと腕の力が緩んで、名前ちゃん、と及川さんは私を呼ぶ。


「何ですか」

「好きだよ。名前ちゃんが、ずっと好き」

「…嘘は止めて下さい」

「嘘じゃないよ。一回目の告白は振られちゃってるけど」

「一回、目?」

「くくっ。まさかクソ野郎って言われるとは…ぶふっ」


あの時か!と私は心の中で思った。何が面白いのか及川さんは肩を震わせて笑っている。暴言を吐かれてるのに笑えるとかやっぱり及川さんはおかしい。


「ホントはね、他の子と比べて、頑張ってる君をからかいたくて」

「……」

「止めて!その汚物を見るような目!」

「続きをどうぞ」

「はい…。大抵の子は照れてね、可愛い顔が見れるんだけど、名前ちゃんは、ふふっ、ドン引きで、クソ野郎とか」

「相変わらずクソ野郎ですよ及川さんは」

「心が痛い。まぁ、その時からずっと名前ちゃんを見てた。いつの間にかこんなに好きになっちゃってたみたい」

「及川さんってマゾなんですか」

「名前ちゃん限定ね!」

「…キモッ」

「小声で言うの止めて!傷付くから!」


今日まで及川さんに好かれようと思って接した事はない。むしろ近付いて欲しくなくて、きっと酷い事もたくさん言った。それなのにどうして及川さんは。
私の気持ちが通じたのか及川さんは私を見つめてにっこりと笑う。


「気付くとね、名前ちゃんが、キラキラした目で俺を見てるんだ」

「…気のせいじゃないですか」

「気のせいじゃないよ。名前ちゃんが部活を見に来た時も、ああ、あれが見惚れてるって言うんだなぁっと思ったよ」

「なっ!見てた、んですか…むしろ、覚えてるなんて…」

「うん。ばっちり!だから、入部してくれた時は嬉しかったなぁ。気になってた子に声を掛けたら、クソ野郎って…ぶふっ」

「もう、いいですよそれは」


何がそんなに面白いのか分からないが、まさか及川さんが一年も前の事を覚えているなんて。しかも、大勢の中の私一人に気付いていたなんて思わなかった。


「おかしいなー。さっきは大好きって言ってくれたのに」

「夢でも見てたんじゃないですか」

「この状況でそういう事言う!?もう一回言ってくれないと放してあげなーい」

「……」

「言ってくれても放してあげないけど」

「……何ですかそれ。…好き、です」

「んー?聞こえないなぁ」

「大好きです」

「うん。俺も」


満足そうに笑った顔はそのまま近付いておでこに一瞬の温もり。


「言っとくけど、俺って結構ヤキモチ妬きだよ?覚悟しておいてね」

「し、知りませんっ」

「あはは。じゃあ今日はもう帰るよ。もっと一緒にいたいけど、もう遅いからね。名前ちゃん、また明日ね」


私を解放した及川さんはそのまま背を向けて帰っていった。名残惜しいと思う私はどうかしている。


 

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