及川と松川と猥談

「ぐううう」

「一応聞くけどどうした」


ある日の休み時間。机に突っ伏して奇声を発した及川は待ってましたと言わんばかりに顔を上げた。嫌な予感しかしない。


「名前ちゃんとあんな事やこんな事がしたい」

「あー、欲求不満な訳ね」

「んー、ちょっと違うかな。名前ちゃんとしたいの。他の人にはそう思わない」

「うん、気持ち悪いな」

「何で!」


まぁ年頃の男子としては至極当然な欲求であると思う。だけど、それを爽やかな顔で名前限定とほざいてるところに変態っぽさを感じる。こういう事を言ってるからいつになっても名前と付き合えないんじゃないだろうか。直接言わないにしたって滲み出てる感じがする。


「松つんはそういうの思わないの」

「名前と?」

「名前ちゃんじゃなくて!」

「まぁ、人並みじゃね?」

「だったら何で俺は気持ち悪いのさ!」

「名前ととか言うからだろ」

「だってホントの事だし。好きな子としたいと思って何が悪いの」


今頃名前に悪寒が走ってそうだ。仮に付き合えたとして、名前とその行為に行き着くまで道のりは長いと思う。名前がそういうのを好きそうなタイプには見えない。俺には。つーか興味なさそう。


「悪くはねーけど、とりあえず他の奴の前で言うのは止めとけよ。特に名前本人と岩泉と花巻の前な」

「名前ちゃんはともかく岩ちゃんとマッキーは何で」

「あいつ等二人の前で言ったら、付き合うどころか二度と名前と話せなくなるぞ」

「……どうやったらマッキーみたいに名前ちゃんと触れ合えるんだろうか」

「お前は出だしを間違えただろ」

「名前ちゃんが入部したところからやり直したい…」

「ドンマイ」


今、名前が及川を好きな事自体奇跡のような気がする。名前の性格を知らなかったとしても、初対面の奴に可愛いね付き合わない?はないし、そんな事を言っておいて、次々と違う女と付き合って。俺だったらそんな奴好きにならないけど。


「俺の下で恥ずかしがってる名前ちゃんとか想像すると俺ヤバイ」

「学校でそんな事考えてるお前がやべーわ」


本当にコイツは名前の事しか考えてないな。そんだけ名前が好きなんだろうけど。それだけ思われてる事をもしかしたら名前は喜ぶかもしれないが、内容が内容だけに、ちょっと聞かせたくない。何たって名前は可愛い妹分な訳で。


「まぁ頑張れ」

「言われなくても頑張ってるし」

「現時点では花巻に負けてるけどな」

「ぐうう。はっ!まさかあの二人実はもう…」

「は?それはねーだろ。お前じゃねーんだから」

「分かんないじゃん!マッキーに聞いてみよ」

「いやいや!ねーから。止めとけ」


100%ないと分かっている。けれど、及川が神妙な面持ちで言うもんだから、ちょっと、ほんのちょっと可能性を考えてしまった。席を立って走りだしそうな及川を止めて落ち着かせる。ついでに俺も、落ち着こう。


「ヤってないにしても、マッキーなら名前ちゃんが何カップか知ってるかも!」

「は?」

「え?名前ちゃんってさ、ジャージだとあんま分かんないけど、おっきくない?」


これが残念なイケメンというものだろうか。まるで子供が純粋に疑問を解決したがるようなそれで。いや、コイツも普通の男子高校生な訳で、こういった会話の一つや二つするんだろうけども。


「それを聞いて、どうするんですか」

「!!」


一瞬、時間が止まったような、そんな錯覚。思わず背筋が凍った。及川の顔からはみるみる血の気が失われていく。


「名前、ちゃん、どうして、ここに」

「先生から、主将へのお遣いです」

「あり、がと」


名前から手渡された資料を受け取った及川は今にも泣き出しそうだ。まさか名前が三年の教室に、しかも今来るなんて予想外。怒る訳でも恥ずかしがる訳でもない名前が逆に怖い。


「じゃ失礼します」

「…ううっ。松つん…お願い」

「あいよー」


いよいよ机に突っ伏して情けない声を漏らした及川に変わって名前を追いかける。まぁ、及川が追いかけようとしたらそりゃあもう逆効果だから止めたけども。及川も分かってきたのか?正直どっちでもいいけど。


「っ名前。待って名前」


颯爽と去っていく名前の後ろ姿を追いかけて呼び止める。それが聞こえたらしい名前は足を止めた。止めただけで、振り返りも話し出しもしない。「名前?」と側まで近付いて顔を覗き込む。そこには真っ赤な顔で何を耐えている名前がいた。


「名前…ごめんな。気分悪くしたよな」

「いえ、いや、あの、及川さんも普通の男の人、なんです、ね」

「そりゃね」


名前のこんな顔を見るのは二度目だ。俺が思っているより名前は普通の女の子で、俺と同様人並みにそういうのに興味はあるみたいだ。


「私、そういうの、まだ、全然考えられないので、あ、う、及川さんにはっ」

「分かってるって」

「松川さんには、こんなトコばっか見られてしまって」

「ホントな。俺と名前だけの秘密が増えてくな。早く素直になってやれよ」

「ぜ、善処、します」


失礼します、と言って名前は帰っていった。下手したら俺も名前に恋しそうな勢いだ。可愛過ぎる。ふわふわした気持ちで教室へ戻ると屍のような及川と目が合った。


「名前ちゃん、怒ってた?」

「怒ってはなかった」

「怒っては!ないの!?じゃあ何!?」

「まー…大丈夫だろ」


俺に掴みかかる勢いの及川を宥めて自分の席に着く。あの及川をここまで翻弄するなんて名前は大した奴だ。本人は意図していないだろうけど。結局そのままジメジメと放課後を迎えた及川は部活で名前にガン無視されて「松つんのウソツキ!」と喚いていた。いや、嘘は吐いてない。


「何?また何かあったの?」

「あー、実はな」


何事かと話を聞きに来た花巻に一部始終を話した。話を聞き終えた花巻は笑って「なるほどなー」と何やら合点がいったようだった。ジャージに着替え終わって部室に来た名前が時々自分の胸元を睨みつけていたらしい。今の態度だって、照れからくる行動だろうし。一々可愛いね名前は。


「で、花巻さ、名前の胸のサイズ知ってる?」

「いやいや、さすがに知らねーわ。さすがになー、そこまではなー。一応男と女だしさ」

「だよな」


実はちょっと気になっていた疑問を解決して、練習に戻る。可哀そうだから、これだけはあとでこっそり及川に教えてやろうと思う。


 

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