マネージャーと及川と寂しい

名前ちゃんは何故どこに行ってもモテてしまうのか。可愛いのは認めるけれど、愛想が良い方ではない。礼儀は正しいけど。いつもニコニコしてる訳じゃないし、話しかけやすいかと言ったらそうでもない。俺はそんな名前ちゃんが好きだけど、他の奴にもモテるのは頂けない。今回の遠征だって、あわよくば、と思っている連中が多過ぎて及川さんは気が気じゃないよ。男子バレー部の中の紅一点がそうさせるのか。ただ唯一安心出来るのは、名前ちゃんが興味のない事には本当に興味を示さない所。
間違いなく練習には集中していたし、もちろん体は疲れている。だけど、隙があれば名前ちゃんを気にして、他校の奴と話している姿に気を揉んでいた俺は別の意味でも疲れていた。やっと気を休める事が出来たのは、日帰りの遠征が終わったバスの中。名前ちゃんが隣に座ったこの空間が凄く特別な場所のような気がする。付き合っていないのだから、名前ちゃんが誰と仲良くしたって、誰と何をしたって、名前ちゃんの自由。それでも俺はそれに嫉妬して、名前ちゃんを俺だけのモノにしたくて、制限するような事を言う。そんな俺を名前ちゃんは嫌いだと言うけれど、何だかんだ言っても、こうやって溜息を吐いても隣に座ってくれる。


「名前ちゃんが隣にいると疲れも吹き飛んじゃうな〜」

「…そんな訳ないじゃないですか」

「えー?ホントだよ」

「はいはい」


俺達と同じように汗をかいているはずなのに隣の名前ちゃんからはいい匂いがする。幸せに包まれながら発進したバスは行きと同様ガタガタと揺れている。左程良くない乗り心地でさえ名前ちゃんが隣にいるだけで最高の乗り心地に変わるから不思議で仕方ない。俺と名前ちゃんに会話はないけれど、それでもこの時間が俺にとっては最高に幸せ。


「…名前ちゃん?」


出発してしばらく、名前ちゃんの頭が肩にもたれかかった。呼びかけても返事はない。耳を澄ませばわずかに寝息が聞こえてきた。名前ちゃんも慣れない地で気を遣って疲れたんだろうな。それにしても、俺の肩に頭を預けてくれるなんて気を許してくれている証拠かな。


「オヤスミ名前ちゃん」


そう呟いて、あとどれぐらいこういった時間を過ごせるんだろう、と考える。勝っても負けても終わりが来る。ずっと一緒なんて土台無理な話で、何処かで別れはやって来る。それでも出来る限りずっと一緒にいたいと願うのは俺のわがままなんだろうか。こいつ等とずっとバレーがしたい。名前ちゃんとずっと一緒にいたい。全てが叶わないと、分かっているのに願ってしまうのは今が、楽しいからだろう。無防備に投げ出された名前ちゃんの手を握る。ピクリとわずかに反応があったけど、それ以上の反応はない。体温の高い手をしっかりと握って目を閉じた。また名前ちゃんに怒られてしまうかもしれない。だけど、俺にとってはそれも大事なコミュニケーションだ、と頭の中で言い訳をしながらいつの間にか眠りに落ちていった。


「及川さん、及川さん、もうすぐ着きますよ」


デジャブ。体がわずかに揺さ振られて、控えめに俺を呼ぶ声。覚醒していく意識の中で手が握られている事に気付いた。目を開ければ視界には名前ちゃん。困ったように、呆れたように、俺を見ている。俺の顔はにやけていないだろうか。


「…おはよ名前ちゃん」

「そろそろ起きて下さい」

「ん。手、このままでいてくれたんだね」

「…及川さんが放してくれなかったんですけど」

「あ、そうなの?ごめんねー」


寝ながらして俺は名前ちゃんの手をきつく握っていたという事か。それを無理矢理振り解かないところに名前ちゃんの優しさを感じる。椅子に座り直した名前ちゃんはバツが悪そうに唇を尖らせていた。


「可愛いなぁ名前ちゃんは。チュウしちゃおっかな」

「セク、ハラっ」

「オイックソ及川。ふわふわしてんじゃねーぞ」

「あだだだ。岩ちゃん起きてたの」


後ろから伸びてきた岩ちゃんの手が俺の頭を掴む。鷲掴みにされた頭がミシミシと音を立てる。痛い。指が刺さってる。全く、守備が固い。主に名前ちゃんの周りの。こいつ等名前ちゃんの親衛隊でも結成してるんだろうか。名前ちゃん自身はやっと心を許してくれてるんじゃないかって感じがするのに。まぁ、それだけ名前ちゃんがみんなに愛されてる証拠だろうか。


「名前変われ」

「あ、はい」

「え!もう着くんだからいいじゃん!」


岩ちゃんに言われるがまま名前ちゃんは席を立った。するりと手が離れていく。変わりに隣にはどっかりと岩ちゃんが座る。顔が怖い。後ろからは「イエーイ名前」とマッキーの声が聞こえた。マッキーも起きてたのか。


「オイ」

「ハイッ」

「物事には順序ってモンがあんだろうが。名前を困らせるのは止めろ」

「…もー!そんなんだから岩ちゃんはモテないんだぞ!」

「……」

「あがっ!が、がおばやめで」

「せめて場所は考えろっつーんだよ」


今度は顔を鷲掴みにされて、頬にギリギリと指が食い込む。痛い痛い。頭より痛い。


「名前、ぢゃん、だずげで」

「岩泉さんもっとやっちゃって下さい」

「おう。任せろ」

「いけ岩泉!積年の恨み!」

「あがががが」


後ろから顔を覗かせた名前ちゃんは楽しそうに笑っている。まるで悪戯っ子のようだ。きっと俺が思っている以上にこの時間は尊い。あとどれくらい、こうやってみんなと笑い合っていられるんだろう。


「クソ川め」

「ホンットみんな名前ちゃん好き過ぎ。まぁ俺が一番好きだけどね!」

「ほざけボケ川」

「暴言ヒドイ!」


名前ちゃんに笑っていてほしいと思う気持ちはきっとみんな同じ。ただ、俺は、名前ちゃんが笑っている時、隣にいるのが俺でありたいと思っている。名前ちゃんを幸せにするのが俺でありたいと思っている。だけど、もう少しみんなと分け合っても良いような気がする。名前ちゃんがモテるのはイヤだけど、この時間は嫌いじゃないんだよ。


 

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