マネージャーと及川と夢現

熱に侵されてフラフラとした体を何とか保って、チャイムを押す。ピンポーン、と音が聞こえて、しばらくすると扉越しにパタパタと足音が聞こえてきた。足音が止まってすぐ、施錠を解除する音と扉が開く鈍い音。


「及川さん」

「たっだいまー」

「んっ、お酒臭い」


扉から体ごとひょっこりと顔を出した名前ちゃんに抱き着く。ふわっと香るいい匂いと伝わる熱。抱き着かれた本人は俺の発する臭いに怪訝な顔をしながらも、体を支えて家の中へ誘導してくれる。優しい。


「楽めたみたいで良かったですけど、飲み過ぎは毒ですよ」

「分かってる」

「何回も同じ事言ってる気がしますけど」


呆れたように笑った名前ちゃんは部屋の中まで俺を連れてきてそのままリビングのソファーへ座らせた。座り慣れたそこに今日はやけに体が沈んでいくような気がする。酔っているからだろうか。


「はい、お水飲んで下さい」

「ん、ありがと。マッキーが名前ちゃんに会いたがってたよ」

「マッキーさんも来たんですね」


馴染みの名前に名前ちゃんは顔を綻ばせた。そういう関係じゃないと分かっていても二人は仲が良かったから妬ける。そんな想いを鎮めるように手渡された水をゴクゴクと飲み干す。喉を通った水と一緒に飲み込む。ただ、消化するまでには時間がかかるかもしれない。俺はヤキモチ妬きだから。


「名前ちゃん、俺だけを見てよ」

「何ですかそれ」


言って名前ちゃんは隣に座った。また少しソファーが沈み込む。ギシっとスプリングが音を立てた。まるで今の俺の心を表してるみたいだ。


「及川、さん」

「名前ちゃん好きだよ」

「んっ」


啄むような口付けを段々と深くすれば薄く開いた唇から艶めかしい吐息が漏れる。なんと色っぽい事か。そのまま押し倒した名前ちゃんは物欲しそうに俺を見上げて。


「私も、及川さんが好きですよ」

「名前、呼んでよ」

「徹、さん」

「ん、合格」


可愛い唇に唇を押し付けて、荒っぽいそれは俺の中にどんどん熱を広げる。ああ、ずっとこうしていたい。幸せ。揺さ振られる体が心地良い。


「及川さん、そろそろ着きますよ」


名前を呼んでと言ったのにまた呼び方が戻ってる。サラサラと頬を撫でる髪がくすぐったい。目を開ければ、さっきより少し幼い顔の名前ちゃんが俺を見つめていた。見慣れたジャージが視界に入って、意識が覚醒していく。俺は夢を見ていたのか。何て幸せで残酷な夢だろう。もう少し浸っていたくて、お願いをしてみても、名前ちゃんは少し控えめに俺を揺らす。一定のリズムで動く手を捕まえれば、名前ちゃんの体が強張った。


「名前ちゃん、手温かいね」

「…私も寝てました、から」

「もうちょっとこのままでいい?」

「断るって分かってますよね」

「知ってるよ〜」


温かいその手が俺を安心させた。名前ちゃんはここにいるって。夢の続きをする訳にはいかないけれど、手を繋ぐくらい許して欲しい。良い所だったんだから。言葉とは裏腹に繋いだ手をそのままにしてくれた名前ちゃんは夢と同じで優しい。先に手を放したのは俺の方。立ち上がって振り向けば、眠っている野郎共の顔。呼びかけて体を元に戻せば、夢と同じ物欲しそうな名前ちゃんの横顔が目に入った。


「名前ちゃん、また帰り、ね」


名前ちゃんはいつも俺を幸せにしてくれる。夢でも現実でも。俺を見上げた名前ちゃんは少し驚いた顔をしていた。


「及川機嫌良いな」

「んー?良い夢見ちゃった」


鼻歌を歌いたい気分だった。そんな俺に気付く岩ちゃんはさすがだと思う。


「名前ちゃん効果かな」

「変態くせー事言ってんじゃねぇ!」

「いでっ」


思いっ切り頭を叩かれて、薄れかかっていた夢の記憶が完全に吹っ飛んでしまった。残っているのは幸せだったという気持ちと名前ちゃんがいたという事。


「酷いよ岩ちゃん!」

「知るか。名前、今日は及川に近付くなよ」

「はい。分かりました」

「えー!?何ではいって言うの!」


現実は厳しい。夢みたいに上手くはいかない。だけど俺は知ってる。名前ちゃんが俺を大好きだって事。だから、余裕を持って心を落ち着けて、名前ちゃんの決心が付く日を待ちたいと思う。


「名前行こ」

「はい」

「ちょーっと!ストップ!」

「はい無視無視」

「何でマッキーは!何で!名前ちゃんと手を繋いでるの!」

「はぐれたら困るからな」

「名前ちゃんはそんな子供じゃないよ!!」


やっぱり撤回。この名前ちゃんを懐柔しようとしてる奴らから名前ちゃんを守らなくては。みんなが名前ちゃんを好きなのは知ってる。だけど、俺は誰よりも名前ちゃんを好きなんだって。


「お前は全て裏目に出るな。ドンマイ」

「まだ何もやってないよ!」

「存在が裏目に出てる」

「岩ちゃん!!」


名前ちゃんとお付き合い出来る日は実はまだまだ遠いのかもしれない。


 

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