熱の居所

強豪校と呼ばれる私達は週末、通常の練習より遠征や練習試合をしている方が多い。そして今回は隣県の強豪校と呼ばれる学校との練習試合の為隣県へ遠征だ。練習中ももちろんだけど、出発前の仕事が多い事多い事。


「ボールバック一個足りないよ。金田一探してきて」

「あ、それなら持った奴がトイレ行くってそのまま」

「もう、紛らわしいから置いてってよね。あれ?スコアブックない?」

「救急箱と一緒に置いてませんでしたっけ?」

「そうなんだけど…救急箱はあるんだよね。見てくるからバス乗ってて」


国見にそう伝えて部室へ走る。鍵を開けて中を確認すれば、椅子の上にポツンとスコアブックだけが残っていた。スコアブックを手に取って、部室内をぐるりと見渡す。殺風景な部室に他に忘れ物がない事を確認して部室を出る。学校での練習と違って、遠征の場合はそう簡単に戻ってこれない。だから最後の最後まで確認を怠れない。


「名前ー、他に忘れ物ねぇか?」

「ないです」


岩泉さんに答えて、階段を下りる。カンカンと無機質な音が響く。それくらい朝の空気は澄んでいる。


「名前ちゃ〜ん!こっちだよ」


バスに乗れば、一番前の二列シートの窓側を陣取った及川さんがヒラヒラと手を振りながら私を呼んでいる。笑顔で。他に空いている席はない。正直補助席という手もある。けれど、及川さんにロックオンされている以上、それが許されない事を知っている。


「はぁ」

「えー?何で溜息?及川さんの隣が嫌なのかな?」

「嫌ですよ」

「…何回言われても及川さんショック」


うな垂れている及川さんの隣に観念して座る。隣に座った私を見て及川さんはニッコリと笑みを浮かべた。分かってるくせに。私にそれ以外の選択肢がない事を、分かってるくせに。
二年の時、三年生が引退して初めての遠征だった。荷物と一緒にバスの一番後ろを陣取って荷物と反対側の窓側に座った時、隣に人の気配。まさか、と思ってみればそのまさかだった。満面の笑みで及川さんが私の隣を陣取っていたのだ。


「ほ、他に席、あ、空いてるじゃ、ないですか」

「俺は名前ちゃんの隣に座りたいんだよん」

「名前、安心しろ。俺が隣にいるから」

「岩泉さん…!」

「え、何この扱いの違い」


窓側に座った私には逃げ場がなかった。だけど及川さんを挟んで岩泉さんがいる事に心底安心して、そのまま遠征先に向かったっけ。それ以来、及川さんは必ず私の隣に座るのだ。もしくは今日のように私を自分の隣に招く。隣の席に荷物を置いていても荷物を別の場所に置いて座ってくるのだからタチが悪い。三年生が引退するまで、私の隣は先輩マネージャーだった訳で、そんな危機に晒された事はなかった。


「……!」

「すー…」


コツン、と右肩に感じた衝撃は及川さんの頭が乗った事によるものだった。窓側に座っておいて人の肩を枕にするとはどういう事か。安心しきった顔で寝やがって、と心の中で悪態を付いてみても、その頭を払い除けようとは思わない。バレーをしてる時とまるで別人のようなその寝顔は、及川ファンからすれば超レアなんだろうと思う。この状況に毎回嫌がりながらも優越感を抱く私は嫌な奴だと思う。


「名前も慣れたもんだな」

「最初は怯えてたもんなー」

「何かあったらシメる」


後ろの席で交わされていた会話は私の耳に届かなかった。ガタガタと揺れるバスに眠気を誘われて、意識は半分夢の中。右肩に乗っかる温もりとバスが揺れる度ふわふわと香る及川さんの匂いが私を心地良い夢路へと旅立たせた。
ガタン、とひときは大きな揺れで目が覚めた。携帯の時計を見れば到着予定時間まであと少しだった。静かな車内に複数の寝息が聞こえる。相変わらず右肩にはわずかな重みと温もり。少し名残惜しいとは思うもののこのままにはしておけない。そろそろみんなを起こさなければ。


「及川さん、そろそろ着きますよ」

「……んー、もう、ちょっと」

「もう着きますってばっ」

「んっ」


ポンポンと及川さんを叩いていた私の手を及川さんがギュっと握る。じんわりと温かさが広がって、顔まで熱くなるような感じがした。


「名前ちゃん、手温かいね」

「…私も寝てました、から」

「もうちょっとこのままでいい?」

「断るって分かってますよね」

「知ってるよ〜」


そうは言ってみても握られた手はそのままで、放す事も放される事もなかった。
結局握られた手は目的地に着くまでそのままで、心地良過ぎてこのままでいたいと思った私は不純だ。


「ほらお前等着いたよ。起きな」


握っていた手を放して立ち上がった及川さんは後ろのみんなへ声をかけた。熱が離れていく。ぽっかりと穴が開いたような。


「名前ちゃん、また帰り、ね」


そう言って全てを見透かしたような笑顔が私をまた熱くする。及川さんに好きだと告げたら、付き合う事になったら、私は溶けてしまうんじゃないかと思う。もしくは爆発する。今でさえこんなにくるくると感情が変化していくのに、私は耐えられるだろうか。


 

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