胸が締め付けられるのは

烏野と練習試合の日、及川さんは捻挫の検査の為に病院へ行った。付いて行った方がいいか確認したけど、「嬉しいけど、名前ちゃんがいないとみんなが困ると思うからみんなの事よろしくね〜」と拍子抜けする程あっさり、及川さんは一人で行ってしまった。


「名前」

「はい」

「心配しなくても及川は大丈夫だと思うぞ。終わる前に戻ってくるかはビミョーだけどな」

「…何でですか」

「ソワソワしてるからな」


恥ずかしい。岩泉さんにそんな事言われるなんて。私そんなにソワソワしてる?確かに及川さんが怪我をした時は血の気が引くような感覚がして、もし及川さんが最後の大会に出られなかったらどうしようって。あんなに真剣に向き合ってきた人が高校最後の大会に出れないなんて事になったら、私には何が出来るのかって。


「そろそろ来る頃だろ。迎えに行ってくれ」

「分かりました」


あの時、握られた手が大きくて温かくて、安心した。だからちょっと緩んでしまったのかもしれない。気を取り直して、校門へ向かう。烏野ってどんな学校だっけ。そんな事を考えながら歩いていると矢巾と金田一がこちらへ向かってくる。


「ねぇ烏野来た?」

「えっ、あ、はい」

「うんうん。来た」

「……」

「…何だよ」

「あんた達何か失礼な事してないでしょうね」

「っしてねーし!」

「…ふーん。烏野どこ」

「あっちに行ったッス」

「ん。あんがと」


多分私の勘は当たっている。二人の挙動がおかしい。大方予期せぬ何かが起きたんだろう。わざとじゃなさそうだから何も言わないでおくけど「早く体育館行け」と促して、烏野が向かった方向へ走る。少し走れば黒い集団を発見。うん。黒い。カラスっぽい。


「烏野のみなさん。遅くなってすみません。こちらへどうぞ」

「あ、こんちは。どうも」


多分この挨拶をしてくれた人がキャプテンだろう。めっちゃキャプテンっぽい。うちのキャプテンとは大違い。そんなうちのキャプテンは不在だけどいいのだろうか。たまたま通院日と被ってしまったのだからしょうがないけれど。


「烏野のみなさん、到着されました」

「ちわーっす!」

「集合っ」


岩泉さんの号令でぞろぞろと部員が集まる。ちょっと小さい子もいるけどやっぱりみんな大きい。他校がいると雰囲気が違う。ピリピリしている。でもこの緊張感が私は好き。及川さんは、間に合うのかな。


「キャー!及川さぁーん!」

「及川さーん!」


結局及川さんが戻ってきたのは二セット目が終わった頃。ギャラリーの声援で及川さんが戻ったのだと分かった。キャーキャーと色めくギャラリーへ及川さんはにこりと笑顔だけを向けた。もう大丈夫と監督に告げた及川さんはニコニコと近付いてくる。


「名前ちゃんお待たせ〜」

「はい。早くアップして下さい」

「えっ!」

「?早く、アップ…」

「まさか名前ちゃんから待ってたって言われるなんてなー!及川さん頑張っちゃお!」


言ってないけど。はいってしか言ってないけど。都合よく脳内変換されたらしい。上手くテンションが上がってくれたらしいからそのままにしておく。スキップしながらアップに向かう後ろ姿に、足はもう大丈夫なのだと安心する。もっと素直に伝えられたら何か変わるんだろうか。
その後、アップを終えてピンチサーバーで投入された及川さんは相応の働きをみせた。さすがだと思った。バレーをしてる姿はカッコいいのにな。性格の悪さは垣間見えるけれど。


「くっそー!負けちゃったかー!ま、次は勝つけどね」

「でも凄かったですね。烏野のセッター」

「飛雄?え、何?及川さんより?」

「え、及川、さんも、凄いです、けど」

「だよねー!今回はあんまりカッコいいとこ見せられなかったけど、次は期待しててね!」


一瞬ビックリするぐらい空気がピリピリした。中学の後輩だという飛雄君をここまでライバル視しているなんて思わなかった。だって、及川さんはいつだって自信満々で、メンバーを誰よりも上手く使うセッターだ。それなのに。


「気にすんな名前。お前が影山を褒めたから嫉妬したんだろ」

「あ、はい」


ポン、と私の頭に手を置いた岩泉さんはそう言って及川さんを追いかけていった。私はやっぱりまだまだ及川さんを知らない。ちょっと怖いと思ったのは私だけの秘密にしよう。でも私の一番は及川さんなんだって、分かってほしくて。


「及川さん」

「んー?どうしたの」


帰る前、声をかけた及川さんはいつも通りで、まるで嘘だったような。


「私、及川さんのプレーが一番、好き、です。綺麗で」

「うん。ありがと」

「飛雄君のは、素直に凄いと、思っただけ、で…他意は、ありません」

「…ま、飛雄は天才だからね」


及川さんは少し苦笑いをして、ポンポンと私の頭を撫でる。その手が優しくて少し、泣きそうになった。


「ごめんね。さっきの気にしちゃったかな」

「いえ、その」

「まぁ、名前ちゃんが及川さんを好きなのはよぉーく分かったよ!及川さんのプレーじゃなくて、早く、及川さんが好きって言ってもらいたいな」

「…もう!」


いつも及川さんのペースだ。きっと私自身が思っているより私は及川さんに飲まれていっている。ハマったら抜け出せない底なし沼のよう。ずるい。


「岩泉さん、及川さんがいじめます」

「及川テメー!」

「名前大丈夫か!」

「あだっ!酷いよ岩ちゃん!名前ちゃんも!マッキーまで!」

「あはは」


及川さんが好きだと、私は自覚している。いつまでも逃げてはいられないのに、ここは居心地が良過ぎるんだ。


 

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