マネージャーと松川

部室に教科書置き忘れた。と部室に向かっているとたまたま名前と遭遇。多分行先は同じ。


「こんにちは松川さん」

「おっす。名前も部室?」

「はい。今のうちにテーピングの在庫確認しようと思って」

「そっか。エライエライ」


頭を撫でても名前の表情は変わらない。「そんな事ないです」と謙遜する。俺もそうだが名前もあまり表情が変わる方ではない。だけど、及川が絡むと割と分かり易い。


「及川とはどうなの」

「…どう、とは」

「付き合わねーの?」

「何で、ですか」


渋い顔をした名前に少し笑った。きっと及川を好きなんだろうな、というのは誰が見ても明らかだ。しょっちゅう及川を嫌いだと言っているものの口で言う程嫌いそうには見えない。顔には凄く表れているけれど。そんな所も可愛い。しっかりしてて付け入る隙がないよう感じがするのに、及川の事は別。素直になれない名前が可愛くて仕方ない。


「及川さん、好きです。付き合って下さい」


タイムリーなセリフが聞こえてきて思わず立ち止まる。こっそり覗けば、及川が言葉通り告白をされている所だった。隠れる必要はないが、何となくそのまま様子を覗き見る。彼女がいない時の及川は「今彼女いないし、付き合っちゃおっか」と言うだろう。いつもなら。隣にいる名前は、いつも通りだ。何を考えているかは読み取れない。


「ありがと。こんな可愛い子に告白されるなんて嬉しいなぁ」

「そ、んなっ」

「でもごめんね。君とは付き合えない。凄く大事な子がいるんだ」

「付き合ってるんですか…?」

「付き合ってないよ」

「だったら、その人と付き合うまででもいいです私っ」


あの子はかなり及川が好きなんだろう。俺もあんな事言われてみたいわ。何で及川ばっかり。さあ及川はどう出るか。知らないと思うけど、お前な大事な子が聞いてるぞ。割と無表情で。


「気持ちは嬉しいけど、その子を裏切るような事はしたくないんだ。ごめんね」

「そう、ですか。ありがとうございました」


及川は本気なんだな。今まで誰かの事を想ってあんな風に断った事はあっただろうか。知らねーけど。泣きながら走り去っていった女子を見送って及川もどこかへ歩いていった。


「凄い現場に遭遇しちまったな」

「……」

「…名前?」

「あ、はいっ」


名前は珍しく嬉しそうな顔をして口元を押さえていた。隠してるつもりか?隠しきれてないけどな。


「嬉しそうだなオイ」

「ちが、違いますっ」

「素直になれよ〜」

「及川さん、には、言わないで下さいっ」


ビックリするくらい顔が真っ赤。名前もこんな顔するんだな、と。素直な名前も可愛い。言うつもりはないが及川が聞いたら泣いて喜びそうだ。もうお互い好きなんだからさっさと付き合ってしまえばいいのに。


「もう付き合っちまえよ。及川喜ぶぞ」

「そ、んな事、言われても…」

「何で?ダメなの?」

「私そういうの良く分からなくて、あの、どうしていいか、分からないし、自信ないですし、それにっ」

「あーもう可愛いな名前は」


わしゃわしゃと頭を撫でる。必死に言い訳をしている姿が珍しい。あー可愛い。まさかこんなに色々考えてたなんてな。確かに及川と付き合うとなると嫌な思いをする事も多いだろうし、まぁ色々あるだろうな。間違いなくアイツはモテる。だったら。


「試しに俺と付き合うか?」

「え、いや、あのっ」

「はは。冗談だ」

「気を、遣わせてしまって、すみません」


別に気を遣ったつもりはないが名前はそう捉えたらしい。俺は名前が幸せになってくれればそれでいい。俺を踏み台にしてでも。それぐらい俺は名前を気に入っている。俺だけじゃない。及川はもちろんの事、岩泉も花巻も後輩達もそうだろう。何人か入部した中で唯一残った女子マネージャー。俺達の事を、部の事を一生懸命考えてくれる名前が可愛くない訳がない。同じ学年だったらもっと一緒にいれたのに。三年の俺達は引退するまでしか一緒にいられない。


「ま、何かあったらいつでも言いに来なさいよ」

「ありがとうございます」


はにかんだ名前は珍しく照れているようだった。及川のあの言葉が余程嬉しかったんだろう。絶対及川には教えてやんないけど。たまには俺と名前の秘密があってもいいじゃねーか。卒業しても名前の記憶に残れるように。


「とりあえず、及川に泣かされたら言えよー。俺が仕返ししといてやる」

「はい!お願いします」


この笑顔が俺だけに向けられる事はないけど、それでも名前が笑顔でいられるならそれでいい。


 

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