マネージャーと及川と病院
「たまにはこういうのもいいよね〜」
「…何がですか」
「だって放課後デートみたいじゃん!」
「……病院ですけどね」
烏野との練習試合が決まったと聞いて、あの可愛い可愛い後輩が進学したトコじゃん!とテンションが上がった結果、足を捻ってしまった。俺って結構ドジ。大した事ないんだけど、監督命令で病院に来ている。今は待合室で呼ばれるのを待っている。名前ちゃんと一緒に。二人で出かけるなんてまるでデートみたいだ。まぁ溝口君もいるけど。車で待つと言ってここにはいない。
隣にいる名前ちゃんは今でこそいつも通りだけど、俺が足を捻った時は珍しく慌てて、救急箱を持って駆け寄ってきてくれた。そんな珍しい表情が可愛くて嬉しくて喜んでいたと言ったら絶対怒られるから言わないけど。名前ちゃんを独り占め出来るなんて、今最高に幸せ。早く俺の彼女になってくれないかな〜。名前ちゃんの決意が固まるまでは待ってるつもりだけど、あんなことやこんなことしたいよね。俺だって健全な男の子、なんだから。
「及川さ〜ん」
「はーい!じゃ行ってくるね」
声をかければ名前ちゃんはコクリと頷いた。若干不安そうな表情に少しゾクゾクした。名前ちゃんは俺を煽るのが上手い。何であんなに可愛いんだろう。しかもあんな表情を引き出してるのが俺だと思うと堪らない。岩ちゃんとマッキーにすげー怒られそう。
診察の結果は軽い捻挫だった。数日安静にしてれば問題なし。激しい運動は控えなさいだって。激しい運動って何だろうね。名前ちゃんと一緒にいれる事が嬉しくて思考も変な方向にいってる。とにかく早く名前ちゃんに伝えて安心させてあげなきゃ。
「名前ちゃーん」
「…及川さん!どうでした?」
「軽い捻挫だって。しばらく安静にしてれば大丈夫だよ〜」
「そう、ですか」
名前ちゃんは安心したような表情を見せた。そしてポケットから携帯を取り出して席を離れた。大方、監督に連絡をしているんだろう。
「名前ちゃん」
「はい?」
「心配させてごめんね?」
戻ってきて隣に座った名前ちゃんに声をかける。ニッコリと笑いかけた俺を名前ちゃんは怪訝な表情で見ている。あらら。可愛い顔が台無しだ。どんな顔でも普通に可愛いけど。
「ホントですよ。皆さんに多大なる迷惑が掛かるので気を付けて下さい」
「うんうん。まぁ、あいつ等は俺がいなくても大丈夫だと思うけどね」
「そんな事言わないで下さい」
「名前ちゃんは、心配してくれた?個人的に」
言って名前ちゃんの顔を覗き込む。試すような言い方。これは自爆するような気がするけど、あの時の名前ちゃんを見ていれば心配はしてくれてたんだと思う。しばらく沈黙して名前ちゃんは静かに口を開く。
「するに、決まってるじゃないですか。もし、及川さんが、最後の大会に出れなかったらどうしようって。私に出来るのは応援だけなのに…それすら出来なくなっちゃうじゃないですか」
「そんな事ないよ。俺は名前ちゃんがいてくれるだけで嬉しいよ」
「何言ってるんですか…岩泉さんに言い付けますよ」
「それは止めてぇ」
珍しく素直だなぁ、と思ったらいつもの名前ちゃんだった。でも心配してくれた事が嬉しくてそっと名前ちゃんの手を握る。ちゃっかり恋人繋ぎ。ヤバい。ちょっとドキドキする。
「嫌って言わないの?」
「…言ったら放してくれるんですか」
「んー。放さないかなぁ」
「じゃあ言わないで下さい」
口ではそう言っても特にお咎めなし。今日の名前ちゃんは寛容だ。それだけ心配してくれたって事かな。にぎにぎと手を動かせば若干迷惑そうな顔が少し赤くなった気が、する。小さい可愛い手。簡単に包めてしまう。俺、ホント名前ちゃん好きだなぁ。素直じゃないとことか。俺が知ってるとこは全部好きだけど。
「名前ちゃん、好きだよ」
「な、に言ってる、んですか」
「だってホントだもーん」
「及川さんホントチャラい」
「名前ちゃんにしか言わないよ」
足はちょっと痛いけど、俺幸せ。勝って勝って勝ちまくって全国行って日本一になれたら名前ちゃんは喜んでくれるだろうか。好きな子の為にも頑張りたいと思ったのは初めてかもしれない。今までの子には悪いけど。
「とりあえず、今度の練習試合で、可愛い後輩をぎったんぎったんにやつけちゃうからね!」
「性格悪いですね。その前に足、間に合います?」
「軽い捻挫だし大丈夫じゃない?」
「無理しちゃダメですよ」
「はーい」
繋いだ手は会計に呼ばれた時に離れた。それまで名前ちゃんは繋いだままでいてくれた。こんなチャンス滅多にないから名残惜しい。まだ、ドキドキしてる。早く手を繋いで帰ったりしたいなぁ。だけど。
「名前ちゃん」
「はい」
「全国行くよ」
「はい!行きましょう」
今はまだこの笑顔だけでも、俺は頑張れるよ。
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