自惚れてなんていない
「男バレマネの名前ちゃんって居ますか〜?」
「……私ですけど」
「ちょっと来て〜」
ある日の昼休み。見知らぬ先輩に指名を受けた。とりあえず席を立って言われた通り彼女達の前に立つ。正直嫌な予感しかしない。
「何でしょうか」
「話あんだけどちょっと付いて来てよ」
「ここじゃダメなんですか」
「いいから。ね?」
それは有無を言わせぬ笑顔だった。面倒臭いと思った。及川さんの相手をするより何十倍も。そうは思ってみても、ここで押し問答をしてもしょうがない。だから黙って付いて行く事にした。一言も話さずただひたすら先輩達の後を追った。昼休みで賑わっている食堂を通り過ぎて、先輩達の足が止まったのは中庭だった。ならって私も足を止める。
「アンタさ、及川くんの彼女?」
私に向き直った先輩達の一人が問いかける。その顔に笑みはない。まぁ薄々分かってたけど、この手の話が一番面倒臭い。及川さんの愛想が良過ぎるせいでたまにこういう事が起きる。及川さんの歴代の彼女達もこういう目に遭ってたのかな。私は彼女じゃないけど。
「及川君ってアンタみたいなのがタイプなのかな」
「今までの子と違くない?」
質問に答えていないにも関わらず、先輩達は口々に好きな事を言って品定めをするように私を見る。嫌な感じ。この人達が及川さんを見ているのかと思うともっと、嫌な感じ。
「私は彼女ではありません」
「えー!嘘だー」
「別にどうする訳じゃないからさ〜言っちゃいなよ」
「言った方が楽なんじゃない?」
聞いといてこれか。この人達は私が及川さんの彼女だって決め付けてる。私が否定した所で聞いてくれやしない。そうなんだ分かったなんてすぐに解放されるとは思ってなかったけれど。
「本当に違いますよ」
「それにしては仲良過ぎじゃない?」
「ねー!すごい目にかけてるよね。及川君」
確かに及川さんにはよくしてもらっている。私を好きだと言ってくれる。でもそれは他のみなさんも同じだ。岩泉さんやマッキーさんや松川さんだってそうだ。仲良くしてくれるのは及川さんだけじゃないのに色恋が絡むと何でこう面倒になるんだろう。
「私はただの、マネージャーなので」
「それだけじゃないでしょ」
「ねぇ、教えてよー」
何を言っても、どう言っても、この人達は納得しないんだろうと思う。自分達が満足する答えが得られるまでは。でも、私がそれを与える事は出来ない。自分で言ったくせに、ただのマネージャーという言葉に傷付いているなんてバカみたい。
「そろそろ教えてくんないかな〜?」
「どうすれば及川君にあんなにちやほやされるのか」
「……」
「黙ってないでさ〜!ね?教えてよ」
そんなの私だって知りたい。どうしてこんな私を好きになってくれたのか。優しくしてくれるのか。笑ってくれるのか。これが本当に恋なのか。何なのか。
「あの、正直分かりません」
「うっそだー」
「何でもいいよ。毎日メールを送り続けたとか」
「いえ、特には何も」
「マジで言ってんの?」
「マジで言ってます。むしろ及川さんに直接聞いて欲しいですね」
「ホントに何もないの?」
「何もないです。及川さんにちやほやして欲しいと思った事もないですし」
「へ、へー」
「強いて言うなら私は部長としての及川さんを尊敬しています。部活に打ち込む姿勢とか。だから及川さんや他のみなさんが打ち込めるように私も頑張りたいと思っています。以上です。これで失礼します」
私は分からない。それでも及川さんを、みなさんを尊敬していて、大好きで、毎日が楽しい。だから、私も力になれたらいいと思ってる。今はまだ、それでいいような気がした。
あんぐりと口を開けている先輩達に頭を下げてその場を立ち去ったけど、その後、また呼び出される事はなかった。
その日の部活は、何故か岩泉さんに褒められて、他の先輩達も妙に優しい気がした。
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