エイプリルフール

それはちょっとした悪戯心だった。


「及川さん」

「んー?どうしたの?名前ちゃん」


にこりとこちらを向いた及川さんの顔が眩しい。僅かに心が痛むけど、今日は許される日だから。多分。


「私、引っ越す事になったんです」

「……えっ」

「だから学校も転校する事になって」

「え、え、何処に?何で?」

「常波です。親の仕事の都合で」


簡単ですぐバレそうな嘘なんだけど、及川さんは目を見開いて、そして悲しそうな顔をした。まさかバレないとは。


「じゃあ、毎日名前ちゃんに会えなくなるんだっ」

「…まぁ、そうなりますね」

「毎日電話していい?ヤバイ。寂しい」


全然気付いてないのだろうか。考えておきます、と答えた所で休憩が終わる。簡単に嘘です。と告げるのも面白くないなと考えてはいたけど、この後どうしよう。休憩の終わりを告げた及川さんの背中が小さい。


「岩泉さんっ」

「おう。どうした」

「及川さん気付いてない。どうしましょう」

「…アホはほっとけ」

「良心が痛みます」

「たまにはいいだろ」


その後昼休憩まで及川さんはガタガタだった。明らかに元気がない。プレー自体はいつも通りだけど覇気がない。そしてそのまま昼休憩に入るなり出てくると言って何処かへ出掛けていった。


「及川チョーウケる」

「…マッキーさんどうしましょう」

「つーか及川何処行ったの」

「さぁ?」


及川さんは行き先を誰にも告げずに出掛けたらしい。ちょっとした悪戯心だったのに。


「及川さ、名前の事になるとマジポンコツだな」

「常波って近過ぎだし」

「気付けよって感じだな」


そんな話をしながらご飯を食べた。昼休憩一杯、及川さんは戻ってこなかった。そしてちょうど昼休憩が終わる頃、肩で息をした及川さんが戻ってきた。


「名前ちゃんっ」


戻った及川さんはそのまま私に駆け寄って、小さな紙袋を差し出した。疑問符を浮かべる私に及川さんは笑って腕を見せた。その腕には見た事のないミサンガ。


「餞別。お揃い」

「あ、えっ?」

「俺だと思って持っててね。これに誓って離れたって浮気しないから」

「……浮気とか、付き合ってないですけど」


及川さんの腕に付いているそれが受け取った袋の中に入っていた。本当にお揃いだ。これを買いに行くためにわざわざ休憩の間に出掛けていったのか。


「ありがとう、ございます」

「名前ちゃんに似合うヘアピンも見付けたんだけどさ、あっちに行っても部活する事考えたら、危ないしこれだったらいつでも付けれるかな、って」

「そう、ですね」


おかしいな。ちょっとした冗談だったはずなのに。これじゃ引っ込みが付かない。しかも、及川さんが純粋過ぎてちょっと泣きそう。


「あ、あの、及川さんっ」

「さ、休憩終わっちゃったし、練習練習」


そう言って及川さんは練習へ加わっていった。ご飯は食べたんだろうか。
その後の練習はいつも通りに進んで、及川さんはまるで私を避けているかのように練習に打ち込んで、話す機会はなく練習が終わってしまった。


「名前ちゃん」

「…何でしょう」

「練習さ、明日から来なくても大丈夫だよ」

「えっ」

「色々準備とかあるだろうし」

「あ、はい」


準備があるから来なくていい。と言われていると分かっているのに、来なくていいという言葉が胸に刺さった。こんな事になるなら言わなきゃ良かったなぁ。


「じゃあ、引越しの準備があるので今日はお先に失礼します」

「ん。じゃーね、名前ちゃん」


笑顔で手を振っている及川さんに背を向けて歩く。このまま帰ってとりあえず明日謝ろう。
毎日電話すると言っていた割にその日に電話はなく、また新しい日が始まった。いつも通りの時間に起きてご飯を食べて準備をして、腕にはもらったミサンガを付けて学校へ向かう。体育館には既に岩泉さんと及川さんがいた。


「おはようございます」

「おっす」

「おはよー…って名前、ちゃん!?」

「はい」

「来なくてもいいって言ったのに」


まさかまだ嘘だと気付いてないとか。先輩達は誰も嘘だと教えてくれてないのか。めっちゃ驚いてる及川さんの隣の岩泉さんを見ると腹を抱えていた。だと思ったけれども。


「大丈夫なの?忙しいんじゃ」

「……及川さん、昨日何の日かご存じないですか」

「昨日?四月一日?」

「そうです」

「んー?あ、エイプリルフールとか?」

「ぶっはぁ!!!及川マジウケル!!!」

「…え、嘘?何が嘘?え?」


限界に達したらしい岩泉さんは遂に噴き出して笑い出した。及川さんは混乱している。


「嘘なの?どこから?」

「…全部です。最初から全部」

「ぎゃはは!名前聞けよ。及川さ、昨日俺に電話してきて、名前が居なくなるって言ってめっちゃ泣いてんの」

「あ゛ーーーーーー岩ちゃんそれ言っちゃダメ!!!」

「寂しい寂しいって」

「ぎゃーーーーーーーー」


真っ赤になっている及川さんは岩泉さんを追いかけ回している。結局岩泉さんを捕まえられなかった及川さんは追いかけるのを止めて私の元に来た。真っ赤な顔をして。


「名前ちゃん、行かないの?」

「…行きません」

「何処にも?」

「…何処にも」

「そっかぁ!良かったぁ!じゃあまた毎日名前ちゃんに会えるんだ」

「はい。エイプリルフールだったのでちょっと嘘を吐いてみたんですが、予想以上に大事になったので反省しています。すみません」

「いいよぉ!逆に嘘で良かった」

「はー。面白え。名前謝んなくていいぜ。気付かない及川が悪いだろ。及川以外は全員気付いてたぞ」

「え?そうなの?何で教えてくれないの!」

「教えたら面白くねえじゃん」

「岩ちゃんっ」


岩泉さんを筆頭にその後合流したマッキーさんや松川さんにまで及川さんは弄り倒されていた。教訓としてもう及川さんに嘘を吐くのは止めようと思う。自分で言うのも何だけど、私の嘘は無条件で信じるという事が証明された訳だし。


「及川さんっ」

「んー?どうしたの名前ちゃん」


弄り倒されて憔悴している及川さんに隙を見て声をかければ若干ぐったりして私に向き直った。


「あの、これこのまま持ってても、いいですか?」


手首に付けたミサンガを見せると及川さんはキョトンとして、そして笑った。


「当たり前じゃない。名前ちゃんにあげた物だよ」

「でも餞別としてもらった訳ですし…」

「俺とお揃いが嫌なの?無くさないで持っててよね?」

「…はいっ。ありがとうございます」

「んっ」


ポンポンと頭を撫でた及川さんにマッキーさんのミドルキックが炸裂した。愛しい私の日常はまだまだ続く。


 

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