降りた駅は自宅の最寄りの一つ手前だった。ここで話すものあれだから、と自宅まで歩く。一言も発せず、赤也くんは一定の距離を保って、私の後ろを付いてくる。気まずいったらない。居酒屋って雰囲気ではないし、話があると言われた以上、周りに人がいない方がいいし、と考えたら自宅を選んでしまった。でも、失敗したかもしれない。


「はい、どうぞ」

「…アザッス」


家に着いて、いきなり話をするというのも気まずくて、赤也くんには座っててと促して、ホットココアを入れる。何となく赤也くんはコーヒーというイメージではなかった。失礼だけど。
キッチンからカップを二つ持って部屋に戻ると赤也くんはテーブルを前にして正座をしていた。かなり改まっていらっしゃる。赤也くんの目の前にカップを置いて、向かいに座る。私もならって正座をする。


「また、名前さんの家に来れるとは、思わなかったッス」


目の前のカップを見つめたまま、赤也くんは言った。そしてココアを一口飲んだ。ふうと一息吐いて、またカップを見つめる。確かにこの前、あんな帰し方しちゃったし…。そう思われても仕方ない。


「この前は、ごめんね。キツイ言い方しちゃって。ちょっとテンパっちゃって…」

「いや、あれは俺が悪かったんでっ」


顔を上げた赤也くんと目が合って、思わず顔を逸らしてしまった。ドキドキしてしまって。チラッと赤也くんを見ると視線をカップへ落としていた。何となく、顔が赤い気がする。


「俺っ、名前さんに、ちゃんと謝りたくて、直接…だから今日、あの、この前は本当にすいませんっした」


言って赤也くんは深々と頭を下げた。すごく勇気を持って今日は来てくれたんだと思う。それに比べて私は逃げてばかりだった。赤也くんがどうしてるのか、どう思ってるのか気になっていたのに、自分から行動を起こすことが出来なかった。


「いいの。私も飲み過ぎちゃってたし、家まで連れてきてくれたのに…だから、頭上げてよ」


頭を上げた赤也くんは真っ直ぐ私を見つめる。その眼差しが真剣で、今までの言葉もこれからの言葉も全て本当なんだって分かる。私も向き合わなければいけないと思った。


「俺、名前さんの気持ちも考えずに、ケイソツなことしちまって……舞い上がってたんス。嬉しくて」

「……」

「もう関わらない方がいいんじゃないかと思ってたんスけど、でも、今日までずっと名前さんのことばっかり考えてました」

「あかや、くん」

「俺、よく名前さんと同じ電車に乗ってて、名前さんを知ってたんス。気付いたらいつも名前さんを探してました。名前さんは俺の思ってた通り、優しくて、可愛い人でした」


ぎゅううう、と心臓が音を立てた。知らなかった。全然気付かなかった。それなのに私は、一時的な気の迷いだと、決め付けて、彼を傷付けた。


「やっぱり俺は、名前さんが好きッス」


どこまでも真っ直ぐな目と、真っ直ぐな言葉。嬉しい。嬉しいけど、苦しい。だって私は、ダメな大人で、赤也くんにかっこ悪い所見せてばかりで。


「ありがと。でも、私、そんなこと言ってもらう資格ない、よ」

「な、んすか、それ」

「だって、赤也くんに嫌な思いをさせてばかりだもの。きっとこれからも一杯嫌な思いさせちゃう」

「そんなことっ!」

「私の方が年上だし、すぐおばちゃんになっちゃうし」

「ちょ、名前さんっ…?」

「酔っ払って覚えてないとか、そんな普通ありえないし。赤也くんに謝らなきゃって思ってたのに、怖くて連絡出来ないし、本当自分が嫌になる」


口に出したら止まらなくて、ボロボロと言葉が零れていく。本当にかっこ悪い。こんな私では赤也くんに相応しくない。遅かれ早かれ幻滅されてしまう。何よりもそれが嫌なのかもしれない。


「あはは。名前さん、やっぱ可愛いッスね」

「なっ、んで、笑ってんの!」

「だって、俺のこと、そんだけ考えてくれてたんスよね」


そう言って赤也くんは笑う。至極嬉しそうに。そしてあの時のように愛おしそうに私を見つめる。私はまるで心臓を鷲掴みにされたように、苦しい。私はもう、きっと。


「赤也くんのこと、幻滅させちゃうよ私」

「しません!何があっても」

「…私より可愛い子も綺麗な子も一杯いるよ」

「俺にとっては名前さんが世界一可愛いッス。名前さんを見つけた日からずっと」

「っ!!」

「名前さん、俺のカノジョに、なって下さい」


嬉しくて思わず泣いてしまった。傷付けたはずなのに。それでも私を好きだと言ってくれる。赤也くんは私を優しいと言った。でも、私が気にしていたことを全く気にも留めず、私を見てくれる赤也くんの方が何倍も何倍も優しいよ。


「私で、いいの」

「名前さんがいいんス」

「でもっ」

「あー!もう!細かいことはいいんで、名前さんの気持ち、聞かせて下さい」

「…赤也くんが、好き、です」

「へへっ。その気持ちだけあれば十分ッスよ」


嬉しそうに笑った彼は、身を乗り出して私の涙を拭ってくれた。触れられた部分が異様に熱い。こんな気持ちいつ振りだろう。嬉しくて苦しくて、幸せなこの気持ち。目が合った赤也くんは、愛おしそうに私を見つめている。その視線に胸が高鳴る。


「もう泣かないで下さい」

「うんっ」

「俺、あの日、もっと早く名前さんに声を掛けてればってコーカイしてたんス」

「あの日?」

「あの、電車で、俺が声掛けた日ッス。もっと早く声掛けてれば名前さんはあんな目に遭わなかったんじゃないかって」

「でも、助けてくれたじゃない」

「…やっぱ名前さんは優しいッスね。これからは名前さんをすぐ側で守らせて下さいね」


そう言って頬に添えた彼の手は熱かった。私の熱が移ったのか、顔まで赤い。


「あのっ、キスしていいスか」

「えっ!あ、聞くの?そういうのって」

「いや、また逃げられたらさすがにショックなんで…それに!名前さんの嫌がることはしたくないし」

「……もう、逃げないよ。それに、嫌じゃないから」


恐らくあの朝のことを言ってるんだろう。あの時も別に嫌だった訳ではないけれど、ただ、自分がしたことが許せなくて、拒んでしまった。今は拒む理由はない。


「名前さん、好き」


あの時のように、私を呼んで赤也くんの顔が近付く。目を閉じてすぐ、触れて、口内に浸入しようとして、離れていった。甘いココアの味。


「これ以上は、またガマン出来なくなりそうでっ」

「は、恥ずかしいこと言わないでよっ」

「へへっ。これからゆっくり、名前さんのこと、もっと色々教えて下さいね」


赤也くんは真っ赤な顔で笑った。きっと私は、初めて会ったあの日から赤也くんを好きになっていたんだろう。私を助けてくれた愛しのヒーロー。これからも私を助けて守ってくれるだろう。私も見合うような素敵な女性になりたい。いつまでも側にいられるように。


 

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