凄く凄く幸せな夢を見ていたような気がする。温かくて、優しくて、幸せな夢。まだこのままでいたいのに、ガタガタと物音で目が覚めた。ボーっとした頭で考える。私は一人暮らしのはずだ。物音の元はなんだろう。夢うつつで起き上ってみる。少し寒い。
「あっ、名前さん。おはようございます」
「!!」
「シャワー、借りました」
ニカッと笑った上半身裸の彼を目にして完全に目が覚めた。言葉の通りシャワーを浴びた後のようで髪の毛が濡れている。
「あか、あ、あかや、くん…?」
「はいっ。あっ!そのままだと風邪ひくッスよ」
「え?…っ!!」
言われて、少し寒いと感じた意味が分かった。私は裸だった。着ていたであろう服がベッドの下に散らばっている。ぶわっと体中に熱が広がっていく。何でこんなことに。
「あ、あの、何でっ」
とりあえず布団を巻き付けたまま赤也くんに問いかける。恥ずかし過ぎて顔が見れない。彼は今、どんな顔をしているのだろうか。
「……覚えてないんスか?」
「…ごめん」
「大分飲みましたもんね。体調、大丈夫ッスか?」
「う、うん。大丈夫…」
心配そうに顔を覗き込む赤也くんにドキッとした。半裸だし。とりあえず服着よっ、と声をかけると赤也くんは背を向けてTシャツを着始めた。その気遣いにときめきつつ、散らばった服を集めて素早く身に付ける。背を向けてもらっていてもかなり恥ずかしい。テニスをしてるだけあって、程良く筋肉が付いてて、なかなかいい体してるな、ってそんなことを考える余裕はあるらしい。
「…着替えたら言って下さいね」
「あ、ありがとう」
着替えながら、私は記憶をなくす程飲んでしまったのだろうか。と考える。確かに楽しくて沢山飲んだ。沢山飲んで、自分も出すと言った赤也くんを振り切ってお会計をして、その後は…覚えて、ない。私はなんてダメな大人なんだろうか。溜め息を吐きながら、もういいよ、と言ってベッドに正座をする。振り向いた赤也くんはどことなく不安そうな顔をしていた。
「…名前さんがケッコー酔ってて、危なっかしかったから、家まで付き添おうとは思ってたんスけど」
「…うん」
「タクシーに乗ろうかと思ったら歩いて帰るって言うんで、家の場所聞いたら案外近かったし、一緒に歩いて帰ってきたんスよ」
「そ、そっか」
どうやって帰ってきたかも覚えてない状態で、今、無事でいられるのは赤也くんのお陰だと思う。赤也くんがいい子で良かったと思うけど、それで何で私は裸なのだろうか。赤也くんが話してくれるのを待つべきなのか私から切り込むべきなのか。いや、でも、多分、私から聞かなきゃいけない気がする。
「あの、それで、私、何か…した?」
意を決して発した言葉が私何かした?とは自分でも驚いた。正直、私が言われたら何言ってんだコイツと思ってしまう。いや、覚えてないからしょうがないけど、もっと他に言い方があったのではないかと反省する。
「いや、あのー…名前さんを送り届けたら帰ろうと思ってたんスけど…家に着いたら、名前さんが…泊ってけばいいって言ってくれて…その」
私の心配をよそに、照れるように口ごもっているた赤也くんの様子で確信した。私は……やってしまったんだと。戻りかけていた熱がまた全身に広がる。知り合ったばかりなのに、知り合ったその日に、酔ってたとしても私は何てことをしてしまったんだ。しかも覚えていないなんて。
「あか、やくん、ごめん。わたしっ」
「謝らないで下さいよ!名前さんは何も悪くないんスから!悪いのは俺なんで…嬉しくて、ガマン出来なくて、だから俺っ」
「えっ」
思わず顔を上げる。顔を真っ赤にして、それでいて真剣で真っ直ぐ私を見つめている赤也くんと目が合った。まるで伝染したみたいに私の顔にも熱が集まる。
「俺っ、名前さんが、す、好きなんス。だから」
「ちょ、ちょちょ、ちょっと待って」
何で?どうして?と混乱する私を見つめる赤也くんは熱っぽくて。名前さん、と愛おしそうに私の名前を呼んで、近付いた赤也くんはそっと私の頬に手を添えた。頬が熱い。
「な、んで」
「ずっと好きだったんス。だから俺、嬉しくて」
「でも、昨日、初めて…」
「話したのは、初めてッスけど、俺は名前さんを知ってました。名前さんが昨日のこと覚えてなくても、俺…」
赤也くんの顔がどんどん近付いて、真剣なその顔が近付いて。
「ダメだよっ」
逃げるようにベットの壁際へ寄った。赤也くんを手で制す。心臓が馬鹿みたいに騒いでいる。赤也くんの真剣さは見てれば分かる。だけど、その相手が私じゃダメだ。酔った勢いに任せて、それでいて覚えていないなんて。そんなの、ダメだ。
「一回、落ち着こう?そしたらきっと一時的な気の迷いだったって気付くよ」
「そんなんじゃないッスよ!俺はホントにっ」
「ダメ!もう言わないで。今日は帰って」
「でも」
「帰って!」
思わず語調を強めてしまった。ハッとして見た赤也くんは酷く傷付いた表情をしていた。そんなつもりじゃなかったのに。赤也くんを傷付ける気なんてなかった。私はただ、こんな自分が許せないだけで。
「あ、赤也くん、ごめっ」
「…帰ります。お邪魔しました」
私の顔を見ることなく、背を向けた赤也くんはそのまま出ていった。バタン、と扉の閉まる音が虚しく響く。私は何で、こんな恩を仇で返すような真似をしてしまったんだろう。追いかけて、謝って、ちゃんと話をするべきなんじゃないだろうか。そう思っても今の私は動くことが出来なかった。
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