私はしがないOLで目立つ訳でも綺麗な訳でも可愛い訳でもスタイルがいい訳でもない。それなのに仕事終わりに乗ったやや満員の電車で人生初の痴漢にあっている。


「んっ……」


少し体勢を替えてみても私のお尻から感触が消える事はなかった。今日は乗ってる位置も悪い。扉の近くを陣取ったせいできっと死角になっていて誰も私が被害にあっていることに気付いてないだろう。こんなに人がいる所で声を上げる勇気はないし、思い切って向かい合う体勢になることも出来ない。相手がどんな人かなんて見たくもないし、顔を見たのが原因でエスカレートしたら…そう考えたら怖い。こんなにも怖いものだなんて思わなかった。誰か…!


「あー!やっと見っけた。も〜!はぐれないで下さいよ〜」


そう聞こえたかと思うと、私の背後にするりと誰かが割り込んできた。そして私を囲むように両手を扉に付いた。お尻の感触はなくなり、代わりに背中にピッタリと熱を感じる。


「次の駅で降りて」


混乱している最中、耳元で囁かれ私の体温は急上昇する。多分、今、耳まで真っ赤になっていると思う。


「ぎゃっ」


言われた通り押し出されるように次の駅で降りると、背後で短い悲鳴が聞こえた。振り返ると尻餅を付いたサラリーマンと大学生っぽい男の子が対峙している。


「アンタ、何やってんだよ」

「俺は何もっ」

「俺、見てるから。駅員にも証言するし」


男の子の背後からやり取りを見守る。まさか、このどこにでもいそうなサラリーマンが…?にわかには信じがたい。でも、サラリーマンの狼狽した様子と男の子が見たと言っているからには真実なのだろう。
そんな呑気なことを考えている間に男の子は「ほら、行くよ」と言ってサラリーマンの腕を掴む。


「ちょ、ちょっと待ってっ」

「…どうしました?」

「あの、もう…いいから。放して、あげて」

「えっ?いいんスか!?」

「…うん。ただし、もう二度としないで下さい。きっとたくさんの人が悲しむから…」


見つめたサラリーマンは気まずそうに私から目を逸らした。男の子は納得いかない様子だったけど、「オネーサンがそれでいいなら…」と言って腕を放した。解放された途端、サラリーマンは逃げるように去っていく。
その背中を見て、何か嫌なことがあったとか疲れてたとか魔が差しただけなんじゃないかと思った。もし、駅員さんに連れて行っていたら、あの人もあの人の家族もたくさんの人が不幸になってしまう。そう思ったら心が痛むから…私だけが一時的に嫌な思いをしただけで、それで終わるなら。


「おいっ!謝ってけよ!!」

「あ、はは」

「…ホントによかったんスか?」


走り去っていく背中に向けて叫んで、私を見やった彼は未だ不満顔だ。改めて見た彼の顔は整っていて、イケメンと呼ばれる類の男の子だと思った。癖っ毛の髪の毛が可愛い。


「うん。これで誰も不幸にならないし。懲りてくれたらいいんだけどね」

「オネーサン優し過ぎッスよ…」

「そんなことないよ。ただの偽善者かも、ね。もしかしたらまた別の人に同じことするかもしれないし…そう考えるとどっちが正しかったのかなって思うけど」

「気にすることないッスよ!悪いのはアイツッスから」

「そう、だね。あの、助けてくれてありがとう。あと、気付いてくれて、ありがとう」


言って頭を下げる。もし彼が来てくれなかったら、私はどうなっていたんだろう。そう考えたら、恐怖でバクバクと心臓が騒ぎだした。


「俺、ずっと見てて、何かいつもと様子違うなと思って…助けられてよかったッス!」


彼の言葉に違う意味で心臓が騒ぎだした。頭を上げて見た彼は少し照れたようにニカッと笑っている。


「でも怖かったッスよね。よくガマンしましたね。エライエライ」


言いながら私の頭をよしよしと撫でた彼は相変わらず照れたように笑っている。私より高い背。頭を撫でる大きな手。男の人の手。顔にはまだあどけなさが残る。絶対に年下だと分かっているけど、不覚にもドキドキしてしまった。先程思い出した恐怖は驚く程簡単に消え失せていた。


「あ、ああああの…」

「うわっ!すんません!俺調子に乗っちゃって」


離れた手に名残惜しさを感じる私は何を求めているのか。物凄く顔が熱い。


「俺、切原赤也ッス」

「切原、くん」

「赤也でいいッスよ」

「うん。じゃぁ赤也くん、本当にありがとう。私は苗字名前です」

「名前さん…」


私の名前を呟いた赤也くんは何やらニヤニヤしている。どうしたのかな?と思ったけど、聞かないことにした。


「じゃー、俺はこれで…」

「あ、赤也くん!」


そう言って背を向けた赤也くんと、このまま別れてしまうのは勿体ないと思ってしまって。思わず引き留めてしまった。


「この後…時間ある、かな」

「えっ」

「お礼にご飯でも、どうかなって…」

「い、いいんスか!?」

「うん。ご馳走させてほしいな」

「ヤッター!行く!行きます!」


何故か凄く喜んでくれて、誘ってよかったな、と私も嬉しくなった。


「何か食べたい物ある?」

「任せます!けど、酒飲みません?」

「いいね〜!最近あんまり飲んでないし、明日休みだから飲もうか」


たまにはこんなのもいいかもしれない。と、私の胸は高鳴っていた。


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