跡部に手を引かれ、人混みから少し逸れたところへ到着した。私達の他にはカップルが二、三組しかいなかった。跡部はなぜこんな穴場を知っているのか。


「チッ、先客がいやがったか」

「あの」

「まぁいい。座ろうぜ」


何個かベンチが用意されていて、空いている一つに向かう。私が座る前にベンチを掃ってくれた跡部は紳士だと思う。育ちの良さが垣間見える。離れた手に名残惜しさを感じながら跡部の隣に腰を下ろした。


「ここって…」

「ああ。花火が良く見えるんだとよ」

「調べたの?」

「まぁな」


祭りに誘ったあの日、跡部が言った楽しみにしてる、という言葉が思い出された。まさか本当に下調べをしてくれていたなんて。私から誘ったのに。もうドキドキしてダメだ。


「ありがと、跡部」

「どうせなら思いきり楽しみてぇだろ」


跡部は優しく笑っていた。そんな顔も出来るんだなぁ、と思った。いつもは自信満々なキリっとした顔をしているから。はぁ。顔が熱い。暗くて良かった。


「始まったな」


ドーン、ドーン、と花火が上がり始めた。わぁ、と遠くから歓声が上がる。綺麗。跡部と来れて良かったなぁ。


「綺麗だね」

「ああ。そうだな」


これって今がチャンスなのかな。言うチャンスなのかな。散々練習した成果を発揮する時なのかな。そう意識した途端ますます鼓動が速くなる。やばいどうしよう。ちらっと跡部の方に顔を向けると真剣な顔の跡部が私を見ていた。え、まさかこっちを見てるなんて思わなかった。目が合っちゃった。


「ど、どうしたの?」

「…聞いていいか」

「な、何?」

「どうして俺を誘った?」

「えっ」

「俺達は互いに憎まれ口を叩いてたろ」

「そ、それは、そうだけど」


ドン、ドンと絶えず花火が上がる。しかし私も跡部も花火ではなく互いを見ている。真剣なその顔から目が逸らせない。


「忍足の方が仲良いだろ」

「まぁ友達だけど」

「忍足じゃなく何で俺だったんだ?」


今だよ。今がチャンスだよ。頭の中で滝君がそう言っている。マインドコントロールかよ。怖い。
跡部の質問に答えるにはただ一言言えばいい。好きだから。跡部が好きだから。と。けれどその一言が中々声に出せない。言ってしまったら今までの関係には戻れないかもしれない。もしかしたらもう話す事さえなくなってしまうかもしれない。そう思うと…って、今更何を怖がっているんだろう。跡部がさっき言ってたじゃないか。私達はお互いに憎まれ口を叩いてきた。どちらかと言えば、好かれていなくて当然じゃないか。そう考えたら改まっている事が途端に可笑しくなってしまって。


「あのね、」


瞬間、ドォーン!と今までで一番大きな花火が上がった。ビリビリと体にまで響く振動。「うおっ」っと雰囲気をブチ壊すような声をあげてしまった。何てタイミング。


「あはは!ビックリしたー」

「さすがに凄いな」

「うん。凄いねぇ。跡部と見れて良かったなぁ」

「…そうか」

「うん。私ね、」


言え!言え!頭の中で誰かの声が聞こえる。あー!もう!言うしかない。言うなら今しかない!でもやっぱり、緊張する!


「あ、跡部が、好きです。わた、わた、しを、かの、彼女にして下さい」


辺りはシン、と静まり返り遠くから拍手の音が聞こえる。どうやら花火は終わったらしい。跡部は何も言わない。ドキドキと自分の心臓の音だけが耳に響く。怖い。顔を上げられない。何か言ってよ!


「はっ」

「…はっ?」

「クックックッ。何か企んでるとは思ってたが、こういう事とはな」

「ちょ、何笑ってんすか」

「いや、お前、噛み過ぎっ、クッ」


跡部は肩を震わせて笑っている。何コイツ。人の決死の告白を何だと思ってるんだ。


「はー。面白ぇ」

「…酷い。もう忘れて。無かった事にして」

「悪かった。じゃあ今のは忘れてやるから、もう一回聞かせてくれよ」

「はっ!?何言ってんの。ヤダよっ」

「悪かったって。もう一回、な?」


そう言って跡部が優しく笑うから、心臓を鷲掴みにされたようなそんな気持ちになって。苦しくて、この言葉を吐き出さなきゃいけないって。口が、動く。


「…跡部が、好き、です」

「ああ。俺も名前が好きだぜ」


跡部はさっきよりも優しく優しく笑っている。ずるい。目が上手く合わせられない。ずるい。


「と、言う訳だからお前等もう帰れ」

「えっ」


くるりと自分の後方を見ながら跡部は言う。瞬間、まさに跡部が視線を向けた物陰からぞろぞろと見知った顔が登場した。え?何これ。エスパーなのコイツ。


「何や。バレてたんか」

「名前良かったなー!」

「覗きとは良い趣味してやがる」

「違うよ。俺達は苗字さんを見守ってただけさ」

「そうかよ」

「まぁ、何はともあれおめでとう苗字さん」

「あ、ありがとう」

「ほら、バレちまったし帰ろーぜ」


歩き出す彼等の背中を見ながら、あれがずっと見られていたのかと思うと少し落ち込む。跡部が笑うくらいだし、皆笑っていたんじゃないだろうか。別に良いけど!


「名前」

「ん?」

「俺達も帰ろうぜ。送ってやる」


そう言いながら差し出された手を戸惑いながら、それでいてしっかり今度はちゃんと自分から握る。前を歩く彼等と少し距離を置いて私達も歩き出す。


「なぁ、名前」

「なにっ」


呼ばれて、顔を向けたら跡部の綺麗な顔が目の前にあって、触れて離れて、跡部は満足そうに笑って。私は今、かなり間抜けな顔をしているだろう。


「好きだぜ。名前」

「っもう!跡部勝手過ぎる!」

「ハン!分かり切ってた事だろ」

「自分で言わないでよ!所々雰囲気壊すし」

「それはお前が…クッ」

「また笑った!」

「いや、悪かったって」

「許さないっ」

「そうかよ」


跡部はご機嫌のようだ。口元が緩んでいる。間近で拝める喜びを噛み締めるように繋いだ手に力を込めた。それに応えるように跡部はこちらを向いた。


「しばらく名前の顔見る度に…クッ」

「ちょっと!」

「冗談だ」

「やっぱ意地悪だなー。跡部は」

「その方が俺達らしいだろ」

「言えてる!」


辛い事があるかもしれない。喧嘩もするかもしれない。色々あると思うけど、それ以上に笑い合って過ごしていけたらいいな。跡部とならきっと出来るよね!




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