「きゃー!跡部さまぁ!」

「こっち向いてぇ!」

「あとべさまー!」

「……」


お嬢様方は今日も元気だ。頬をポッと染め、大きな声で声援を送る姿は称賛に値する。
正直、うるせぇい!そう言ってしまいたい。もしくは今すぐこの場から立ち去りたい。この、放課後のテニスコートから。以前の私なら絶対に近付かなかった場所だ。それがどうしてここに私が居るのか。そして立ち去りたいのなら何故立ち去らないのか。理由は簡単。立ち去れないのだ。これは私に課せられた使命だから!
詳細は昼の作戦会議に遡る。「さて、どうしようか」そう言いながら間を置かず滝君は話し出した。


「ところで、苗字さんと跡部は面識あるの?」

「あり、ます。一年の時同じクラスで…今もうちのクラスに跡部が来る時に話したり、する」

「そっか。うーん…あー、そういえば近々祭りがあるよね。近所で」

「そんな話しとったなぁ女子が」

「誘えば?苗字さん。そこでバシッと決めちゃいなよ」

「え?決め?え?跡部を?」

「跡部以外を誘ってどうするのさ」

「え、いや、無理無理無理無理!いきなり祭りに誘うとか難易度高くない?不自然じゃない?」

「せやなぁ…もうちょい段階踏んでもええんちゃう?」

「チャンスだと思うんだけどなぁ。跡部あんまり祭りとか行った事なさそうだし。そうだ!毎日跡部の事見てるんでしょ?どうせだったらコートに来なよ。とりあえず跡部の視界に入る辺りに居れば?それで何日かしたら誘っても不自然じゃないでしょ」

「…む、無理がありませんかね」

「じゃあさ、逆に聞くけど、他にどうするの?どうしたいの?跡部のモテっぷりは知ってるよね?あんまり時間かけてても他の子に取られちゃうかもよ。今の関係がどうなのかは知らないけど、ずるずる時間かけて進展するの?理想の関係になれるの?」

「手厳しいな萩之介…」

「ねぇ、どうするの?苗字さん」

「は、はい!私、やります!やらせていただきますっ」

「そっか。頑張ろうね」


あの時の滝君の黒い物が見え隠れしてる笑みとか、最後の方、無言になった忍足とかだんまりするつもりだったのに思わず口を挟んじゃった宍戸君とかその憐れみの視線とかしばらく忘れられそうにない。というか思い出したらちょっと涙目。
そういう訳で私は立ち去る事が許されない。ここから。すぐそこに監視の目がギラギラしてるし。ううっ。恐い。それにしても改めて、すごく人気がある人を好きになってしまったんだと思い知らされた。近くで見ると半端じゃないです。お嬢様方。こっちも恐い。


「あ、跡部様がこっちに来る!」

「きゃー!」


跡部がこっちに来る…?それを聞いて俯いていた顔を上げた。あ、本当だ。こっちに来てる。一直線に向かって来てる。私の方に。え、ちょ、待って。すみませんがこっちに来ないで下さい。お願いします。ちょ!


「よぉ。珍しいな。お前がここに来るなんて」

「…ご機嫌よう跡部様」

「その呼び方止めろ」


願いは叶う事なく、跡部は一直線に私のところに来た。フェンス越しに対面する。来てくれるなんて思わなかった。だから嬉しい。けど、嬉しくない。色んなところから視線を感じる。そしてザクザク刺さってます。恐い。
そんな私の心情を知るはずのない跡部は立ち去る訳もなく。


「誰か待ってんのか?」

「え、あー、うん。そんな感じ」

「煮え切らねぇ返事だな。用事あるなら呼ぶぜ。休憩中だしな。忍足か?」

「ち、違う!忍足じゃないから」


忍足を呼ぼうと振り返りかけた跡部を止める。用事があるとするなら跡部にだし、それに視界の端に忍足が居る。呼んでもらわなくても大丈夫。こっち見てるからね…。笑顔の滝君も一緒に。


「…そうかよ。じゃあ、」

「私が、用事あるのは」

「……」

「跡部にだから」


私は今笑えてるだろうか。えへへ、と笑ってはみたものの、笑顔は不自然じゃないだろうか。跡部はと言えば、ちょっと、いや、物凄く怪訝な顔をしているけども。


「お前が、俺に…ねぇ」

「部活終わったらで良いから。待ってるし」

「…分かった」

「がんばってー」


ひらひら手を振ってみる。ますます怪訝な顔をした跡部は背を向けて去っていった。
あー、言ってしまった。流れとか勢いとか、あるけど、一番は視界の端の滝君かな!跡部と話をしてて、ちらっと見た時に親指を立ててたのを私は見逃さなかった。何がグーなの?会話聞こえてたの?彼とは結構離れてますけど?「やれば出来るじゃん」滝君のそんな言葉が聞こえた気がした。妬みみたいな恐ろしい言葉はモロ聞こえるけども、滝君の恐ろしさに比べたら全然平気でした。はい。
その後、ちらちら睨み付けながら何かを言っているお嬢様方と少しずつ距離を取りながら練習が終わるのを待った。そんなに長い時間ではなかったはずなのに、その時間が永遠にも感じたのは、あちらこちらから聞こえてくる呪いの言葉のせいだろうと思う。やっぱ恐い。


「悪い。待たせたな」

「ううん。お疲れー」

「どうせなら帰りながら話そうぜ」

「え、良いけど、迎えは来ないの?」

「気にすんな」


そう言って歩き出した跡部に続く。ギャー!と悲鳴が聞こえてきそうな状況だけど、段々と人は減っていって、練習が終わったこの時間まで残ってたのは私含め数人程だった。そりゃそうですよね。辺りはもう薄暗いし。ただ見てるだけなら最後まで待ってても意味がないもんね。一緒に帰れる訳でもあるまいし。それを考えれば私はラッキーなのか。話をしたかっただけなのに。


「で?」

「ん?」

「ん?じゃねーだろ。用事、あるんじゃなかったのか」

「あー、うんうん」


ちょっと待って下さい。まだ心の準備が出来てないんですけど!余計な事ばっかり考えてる場合じゃなかった。内心焦ってる私を知ってか知らずか、ただ黙って跡部は私の言葉を待ってくれているようだった。何だか調子が狂う。いつもみたいに嫌味ったらしく何か言ってくれた方がまだ気が楽なのに。


「あの、さ、」

「……」

「今度、祭りが、あるんだって。だから、一緒にどうかなって、思っ」


ちらっと跡部を見上げれば、跡部は私を見ていてばっちり目が合ってしまった訳だけども。そんなに目をかっぴらく程驚かなくても良いんじゃないでしょうか。跡部に対して散々悪態を付いてきた私だけどね。私からこんな誘いがあるとは思わなかったんだろうけどね。


「別に嫌なら、」

「嫌じゃねーよ」

「えっ」

「嫌じゃねぇ」


そう言った跡部の顔は真剣そのものだった。ビビった。今度こそ嫌味ったらしいセリフが聞こえてくると思ったのに。ニヤリと笑って「お前が?俺を誘うってか?ハッ」みたいに鼻で笑われると思ったのに。何でそんなに真剣なの?そんな顔で見つめないでよ。思っていても本人に言える訳はないんだけど。


「いつだ。その祭りっていうのは」

「わ、分かんない。そこまで聞いてない」

「そうか。なら俺が確認しておく」

「うん。よろ、しく」


さっきの顔が、跡部の表情が、脳裏に焼き付いて離れない。すごくドキドキして顔に熱が集まっていくのが分かる。暗くて良かった!
その後、私の家まで他愛ない話をしながら歩いた。他愛ない話、と言っても私はまともに会話も出来なかったし、顔も見れなかった。ぶっちゃけ何を話したか覚えてないし!だってドキドキしてしょうがなかったんだもん!意識しないようにすればする程、意識しちゃうって本当なんだなぁ、なんて妙に冷静に考えてたけど。


「家まで送ってもらってごめんね」

「謝る事じゃねーだろ」

「う、うん。ありがとう」


そう言うと満足そうに笑って、じゃーな、と歩き出した跡部の背中を見送る。やっぱカッコいいな。後ろ姿も。さり気なくずっと車道側を歩いてくれた事とか歩調を合わせてくれた事とか、俺様ではあるけど気遣いが出来て、優しいよね。跡部は。
そんな事を考えていたら不意に跡部が振り返ってドキッとした。


「名前、祭り、楽しみにしてる」

「っっ!!!うんっ!!」


その一言を絞り出すのが精一杯だった。言いながら向けられた笑顔とかその言葉とか…今日は眠れないかも。




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