彼を見る度にキャーキャー騒ぐお嬢様方に問いたい。彼のどこがそんなに良いんですか?何が良くてそんなに騒ぐのですか?
確かに顔は良いけれども、生徒会長やりーの部長やりーの出来る男だけれども。だがしかし。彼はただの目立ちたがり屋なんですよ?キャーキャー騒がれる度に、さすが俺様だぜ、とか思ってるナルシスト野郎なんですよ?俺様なんですよ?騒いでるアナタ達の事なんかメス猫呼ばわりですよ。
改めて問う。どこが良いんですか。それで良いんですか。
そんな俺様野郎よりだったら目の前に居る丸メガネの方がよっぽど良い男だと思うね。男にしては変わった趣味をお持ちだけれども、優しいし面白い。俺様野郎に負けず劣らずキャーキャー言われてるけど騒がれる理由だって納得いく。ミンナこっちの男に鞍替えしちゃえよ。そうしなよ。その方が絶対良いと私は思うよ。
「ねー」
「何が、ねー、やねん」
「ねー」
「…キショ」
「お前がな」
「冗談やって」
この野郎め。思い切り睨んでやったら、百面相やなー、と言ってケラケラ笑っている。笑うなよ。笑うところじゃないんですけど。それに満面の笑みをくれてやったのにキショ、って。地味に傷付くから止めて欲しい。冗談だと言ったけど、真顔だったじゃん。
「で、何が、ねー、やってん」
「同意を求める、ねー、でした」
「何の同意?」
「目立ちたがり屋でナルシストな俺様のどこが良いのか全然分かんないよ、ねー、の、ね」
「またそれか」
良く飽きへんな、と忍足は苦笑いを浮かべた。そうです。私は騒がれる俺様野郎を見る度にこんな感じの事を言っています。ごめんなさいね飽きなくて。だって見てるとイライラするんだもん。騒ぐ周りの女にも、嬉しそうに自己陶酔してるアイツにも。
「イライラするー!どうにかしてー!」
「無理や」
「薄情者ー!」
「あっ」
短く声を発して忍足は私に向けていた視線を少しずらした。ぷぷ、間抜け面。口半開きですけど。写メ撮りたいな。なんて思いつつ何があるのかと振り向こうとした瞬間、上から声が降ってくる。
「何をそんなにイライラしてるか知らないが、もう少し静かに出来ないのか。廊下まで聞こえてたぜ」
「…!」
それは聞き慣れた声だった。言いながら、ギギギッ、と音が付きそうな感じで首を動かす。声の主は私の斜め後方に立っていた。イライラの元、俺様野郎、跡部景吾、だ。
視線を少し上に向ければ、パチリと目が合う。ニヤリと浮かべられた笑みにまた少しイライラする。
「何ですかー盗み聞きですかー。悪趣味ー」
「お前の声がデカイんだよ。廊下まで聞こえてたって言ってんだろーが」
「どうしたん?何かあったん?」
忍足の問いに、跡部は「あぁ」と相槌を打って話を始めた。どうやら部活の話らしい。と、言っても跡部がウチの教室を訪れる理由は忍足に部活の連絡を伝える為がほとんどだ。部長さんも大変ですねー。ご苦労ですこと。でもそんなのメールとかで良いじゃないかと毎回思う。教室だって離れてるんだからさ。わざわざ来るのは止めて欲しい。跡部が来る度にキャッ、と色めき立つ女子に私のイライラは募るんだよ。
「おい名前」
どうやら話は終わったらしい。何だ、私に何か用なのか。ギロリ、と睨み付ければそれが気に喰わなかったらしい跡部は顔をしかめた。あーあーあー。折角の綺麗な顔が台無しですよ跡部さん。そんな顔をさせた私が言うなって感じだけど。
「お前もう少し女らしく出来ねぇのか。そんなんじゃ一生男なんか寄って来ねぇぜ」
「うるさいな、余計なお世話だっつーの。話が終わったならさっさと帰れ」
「フンッ。ホント一年の頃から変わんねぇな」
「アンタは目立ちたがり屋とナルシストと俺様ぶりに磨きがかかったんじゃないの」
ハッ、と跡部は不敵な笑顔を浮かべて見せた。心なしか私には満足気な表情に見える。いやいや、褒めてないからね。全然褒めてないからね。前から思っていたがこの男はどこかズレている気がする。
そして跡部はそんな表情のまま身を翻すと「カルシウム摂れよ」と捨て台詞を吐いて教室を出て行った。イライラするって言ったからか?余計なお世話だよ!お前のせいだって言ってんだろ!いや、声には出していないけれども。
「なぁ」
跡部の姿が見えなくなってからもその方向を睨み続けていた私は「あぁん?」と言いながら首を戻す。あ、やっべ。今の跡部みたいじゃなかった?でもあれだから。今のはイライラし過ぎて自然に出ちゃったあれだから。真似なんかじゃないんだからね。
そんな風に脳内で何故か必死に言い訳をしている私を訝しげな視線で忍足はただ見つめている。え、何。
「あれやんなぁ」
「あれ?どれ?」
忍足は未だ同じ視線を私に向けている。頬杖をついてただジーっと私を見つめている。何?何なのよ!その視線にたじろぎながらも「あれって何よ」と聞いてみる。するとはぁ、と溜め息を吐いた忍足は口を開いた。
「自分、跡部の事好きやんなぁ」
ズガン、と心臓を打ち抜かれた気分だった。実際心臓を打ち抜かれた事なんてないからよく分からないけれども。そんな気分。動きを停止した私を忍足はハハッ、と短く笑った。何で笑う。
「だからイライラするんやろ」
「何、ちょ、待って」
「ヤキモチ、やな」
「何で私があんな奴っ」
「顔、真っ赤やで」
言われて更に顔に熱が集まった気がする。目の前でニヤニヤする忍足に私は目を合わせる事が出来なくて、仕舞いに「ずっと前から思っとった」と言われてもう俯くしかなかった。何だそれ。何だこの男。
「じれったいねん」
「う、うるさいなっ」
「素直になり」
「だからうるさいってば!」
バッと顔を上げると目の前には穏やかに笑った忍足。さっきまでのニヤニヤした顔は何処に行った。そんな忍足に唸るように「何よ」と言うと忍足は一層笑みを深くした。
「協力したるわ」
「はい?」
「さっそく昼に作戦会議すんで」
作戦会議って何よ!という言葉は予鈴にかき消されてしまった。くるりと体を前に向けた忍足の背中をただ呆然と見つめながら思う。私はアイツの事を好きだと認めた覚えはないし、協力してと頼んだ覚えもない。赤面した事が好きだと肯定した事になったのだとすれば、あれだ。不可抗力。だから、ねぇってば!そう小声で目の前の背中に呼びかければ振り返った忍足は「任せとき」と笑った。だから!何も頼んでないってば!
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